エピローグ


 夜が空け、セルニーに激震が走った。

 この都市における権力者の一人が殺害されたのだ。否、それだけなら珍しい話では無いのだが、その場に居合わせた人間は一人たりとも殺されておらず、さらに彼らは別々の証言を吐くのだ。ある者はドラゴンが襲撃してきたと話し、ある者は虫の大群が攻めてきたと話す。


 なんとも不気味な話だ。

 まぁ、半日もしない内にセルニーの住人はそんな事件を忘れ、また新たな事件に飛び付くのだろうが。


 そんな、いつもと変わらないセルニーを背景に、喧騒のなかを佇む大きな屋敷は二人の客人を招き入れていた。


 一人は、クレア。

 わざわざ毎月来るくらいなら、セルニーに住めばいいのにと思うが、どうやら彼女には彼女の付き合いがあるようで、簡単には判断出来ないとのこと。


 本来ならレティシアもこの場俺に同伴していて欲しいのだが、クレアに持っていかれてしまった。と言うのも二人目の客人、フィオナの件である。非常に悩ましい事態だ。

 

 フィオナが部屋を貸して欲しいと言うのだ。

 助けてやりたいとは思うのだが、


「いや、でもお前なぁ……」


「そこをなんとか!」


 言葉を濁す俺に対して詰め寄るフィオナ。本当に図太い神経してやがる。冒険者は変わり者ばかりなのか。


「ダメですよ?! 人間を養う労力なんてこの屋敷にはありませんからねッ?」


 煩く口を挟むのは、クレアに鬱陶しがられ絶望の真っ只中に叩き落とされたにもかかわらず、鋼の精神力で持ちこたえ、労働環境が更に険しくなりそうな会話を聞き付け飛び込んできた内の下男だ。


 因みに、クレアが冷たいように思える説明になってしまったが、本当はそんなことは無く、クレイグが機をうまく掴めないのが原因だ。


「嘘吐くなよ。最近余裕できたせいで、なけなしの金でカジノ通ってるだろ? お前は忙殺された方がいいんだよ」


「う……何故知ってんですか? わざわざ幻影まで掛けて行ってるのに」


「最近いやに金を欲しがるから鎌かけたんだよ。お前本当に残念な吸血鬼だな」


「誰のせいでこうなったと思ってんですかね?!」


 と言うことで、屋敷の管理の面では問題無いのだが。

 押しが足りないのを察したのか、フィオナは再び口を開く。


「はっきり言うとな。何もかも今回のダンジョン探索の費用に充てたせいで住む場所も無いんだ。だから、屋敷の小間使として雇ってくれないか? 稼いだら出ていくから」


 それならいいだろうか?

 と、俺が折れそうな所で、


「勿論オーケーですよ! ……あれ、どうしたんですタケモトさん。人助けを当たり前のようにするあんたが、まさか断ったりしませんよね?」


 必死な手のひら返しに、どこか哀れみを覚える。なんにせよ、拒む理由が弱い俺にとって、クレイグが賛同したのならもう言うことは無かった。


「いいのか、フィオナ? ここはアンデッド屋敷だぞ?」


「アンデッド屋敷ってなんだよ。言いたいことは分かるけどさ。信用出来るかって話だろ? それなら、この場にクレアさんがいるってだけで十二分だぜ?」


 フィオナがさん付けで名前を呼んでいるのが新鮮だ。

 しかし、クレアが信用出来るとは一体どういう意味だ?


「知らなかったのか……クレアさんは結構有名な剣士なんだよ。王都では剣鬼とか呼ばれたぜ」


 道理で山賊の本拠地に割って入れる訳だ。

 ゾンビを恐れもしない訳だ。

 つい納得してしまう要素が多すぎて、ストンと受け入れられた。こうなってしまうと、いよいよフィオナを拒む理由は無くなり。


「勝手にしろ。ただ、フィオナの面倒はお前が引き受けろよ?」


 拾われたペットみたいな扱いを受けた小間使は、顔をしかめて突っかかってきた。





 夕暮れ時、姉妹がセルニーを満喫しきって帰ってきた。

 すると、妹成分を十分摂取してか喜色満面の姉が話を持ちかけてきた。


「殺ったのか?」


「……ああ」


 屋敷のテラスにて、俺とクレアは話をしていた。

 一ヶ月の間に何があったかについてだ。レティシアから聞いてはいるだろうが、俺からも聞いておきたいのだろう。


「しつこいとは思うが、お前は恩人だ。信頼している。だが、あんまり妹を辛い目に合わせてくれるなよ?」


「……約束する」


 もっと厳しく怒られても仕方ないのに。今回に限っては、人殺しの片棒をレティシアに担がせたのだ。我ながら身勝手であり、姉にとっては決して喜ばしい事ではない。


 今の二人の会話をレティシアに聞かれたら余計なお世話だと言われそうだが、彼女の意思と俺の罪悪感は別だ。


「まぁ、私だってお前の話を聞いて何も思わなかったと言ったら嘘になる。けどな……」


 そう言って、何か言おうとして。続きを待つが、彼女は口をつぐんでしまった。代わりに一つ、問いを寄越してきた。


「まだやるのか?」


 当然だと首肯する。シオンは奴らの幹部ですら無い。一時的に奴らの狙いは阻止できたが、根元を絶たない事には意味がない。


「なら、復讐を糧にするのは止めろ。もし止めないなら、お前は嘘つきだ」


「は?」


「タケモト、お前は羨ましいことに、レティシアにとってのヒーローなんだよ」


「――」


「人を助けるって行為には全く利がない。寧ろ損しかないんだ。代償を散々支払うことになるが、それでも補償はない。もし救済に成功しても、返ってくるのは期待や幻想だ。その勝手なその理想に応えられなければ失望される。本当、身勝手だよ」


 らしく無い台詞だ。

 ふとクレアの表情を見ると、やんわりと理解した。


「レティシアはまだ、お前に幻想を抱いている。お前はどうするんだ?」


 頭にクレアの言葉が染み渡る。そして、その質問とは全く関係ない事柄が自己完結された。自分という存在を思い出した。


 期待。幻想。理想。

 実に身勝手だ。

 

 ――そうだったな。俺だって身勝手な奴だ。ヒーローになんかなれない人間だ。それなのに、いい歳こいて俺に託したのか。


 確信を得ようと、この目に眠る莫大な記憶を遡る――夢のような現実をもう一度。

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