幼さ


 配下、いわば最後の盾を失ったにしては、シオンの目は据わっていた。気絶してしまったフィオナに生命力を送り込み、そばに寝かす。


「……貴様は、何なんだ? 私は力のある人間、もしくはその周囲の人間を陥れた事はない筈だ。特にネクロマンサーみたいな陰湿な魔術師は」


 命乞いが続きそうな台詞だが、純粋な疑問による問いだと俺は解釈した。


「別に、お前から何かされたって訳じゃない。お前との接点は一度も無かったよ」


 対面するまで顔も知らなかった。レオナルドという化け物を投げられた事以外、間接的にも接点は無かった。


「ほう、では何故?」


 きっとシオンは意図しての事ではないだろうが、その質問はまるで神経を逆撫でされるもので、俺は黒い感情が明確に含まれた口調で、


「お前がアノニアス教徒だからだよ」


 シオンの表情が好奇心から険しい剣幕に変わった。


「……その態度……知っているのか?」


「ああ、そうだ。お前らが何考えてバカな事しようとしてんのかは知らないがな」


 俺だけが知っている。彼らが、アノニアス教徒が何をしでかすのか。こいつは果てしない悪の一員だ。


「ゾンビの分際で……。我々の思想を悪と決めつけるのでは、貴様も悪となんら変わらんぞ?」


「いいや、お前らは害悪以外の何でもない」


「……ふん。しかし分からんな。私とて真っ当な仕事をしているつもりは無いが、悪事を働く人間は他にもごまんといるのではないか? セルニーなら」


「だから言っただろう。俺は復讐に来たんだ」


 そう、復讐。かつての愚行を、俺は繰り返そうとしている。手にするのは虚しさだけだと言うのに、それでも、人間の心を持っている限りは、怒りの矛先が必要なのだ。長い、とても長い年月、蓄えられた激情は、そう冷ませないのだ。


「……そうだったな」


 話は途切れた。

 つまり、不毛な探り合いが終わり、本来あるべきそれが始まるのだ。


 先に動いたのはシオン――ゆっくりとレイピアを構え、転身――俺の背後にノータイムで飛ぶと、流れる様に心臓を一突き。


「――ガッ」


 再び転身。俺から距離を取る。

 俗に言う瞬間移動が可能にする、完璧なヒットアンドアウェイ。


「やはり、死なないか」


 傷が時を置かずに治癒される様を見たシオンの呟き。そこには悲観の色はない。不死身の相手を前にして堂々と居られるのは、やはり無欠の回避と攻撃を可能にする彼の魔法が原因だろうか。


 何はともあれ問題が起きた。シオンの魔法は全然妨害出来ていないのだ。


「おい! クレイグどうしたッ!」


 建物の頂上で幻影結界を維持している筈のクレイグに向けて声を放った。


「思ったより、逃がした人間を留めておくのが難しいんですよッ。結界の外には誰も出しませんから安心してください!」


 考えもしなかった意外な落とし穴だ。そうか、クレイグの魔法は隠蔽や偽装を司るが、それでも人間を思い通り動かせる訳ではない。元々、この作戦は若干無理があったのかもしれない。とは言え、シオンが逃げられないなら十分だ。


「いくぞ」


「……? 剣は抜かないのか?」


 答える義理はないと、突貫。

 対して、シオンは転身。

 攻撃を受けるつもりは無いようだ。


 こうなると中距離戦闘が始まる。一年前ではお手上げだっただろうが、今は違う。


「!」


 "錬金術"と"火属性魔法"から、かつて灼熱の剣ラヴァスパーダという技を編み出したが、その用途と規模と様式を変えた戦術。要するに、根本から魔力の組み方を変え、全く別の次元の技へと昇華させたのだ。


 予め仕掛けが施されていたローブが――言い換えれば、異世界の用語を用いれば、魔法道具と呼ばれる手製のローブは急激に変貌する。


 ローブの裾からから糸が産み出され、それがシオンに襲い掛かる。血相を変えてシオンは転身を繰り返し、なんとか糸を避けようとするが、手数の多さには敵わず――


「……あ?」


 シオンの呆けた反応に、内心笑う。糸には一切の攻撃力はなく、つまり避けるなんて行為は無意味だったのだ。


「なんのつもりだッ」


 部屋中――パーティー会場中に張り巡らされた糸。勿論、それらはこれはローブの素材ではない。ローブによって産み出され放射された魔力の糸だ。


「こうすんだよ」

 

 腰から抜いた剣を錬金し鎌を造り出す。

 続いて、魔力を素材に錬金し複製。


「魔力の物質化だと?!」


「……考え方が新しいな。そんなに難しい事じゃない」


 エルフィから魔法を教わるときに散々言われた事を口ずさむと、床に刺さる幾つもの鎌の内一本を掴むと、投擲。


「――ッ」


 それは糸を弾かれたり、絡まったりと滅茶苦茶な軌道を描き、シオンを襲った。ギリギリだが転身で避けたのに感心し、続くニ投目をどう捌くか試す。無駄に二度の転身を使っていたが、危なげなく避ける。やはり通用するみたいだ。


 それでは一つ、この戦術の強味を紹介しよう。


 まず始めに、いきなり否定から入る事になるが、無数に張り巡らされた糸に攻撃力はないし、自由自在に操作なんてのも不可能である。せいぜい、緩めたり張ったりするのが限界だ。


 次に、話が変わるようで変わらない話をすると、鎌はとても軽い。片手で持てるくらいに軽量だ。


 鎌は、一撃で終わらない。

 糸の伸縮を利用することで、鎌は生き続ける。空を舞い標的を食らわんと襲撃を続行する。それはシオンからすれば死神となんら変わらない。


「――クッ!」


 三投目。現状に気付いたシオンのうめき声。しかし、転身とはとんでもない魔法だ。ここまでして傷一つつけられないのだから。


 とは言え、このままではどう考えてもあちらが劣勢に陥る。


 シオンが死神から逃れる方法はたった一つ。この戦術の唯一の弱点である、俺への攻撃。しかし、もうヒットアンドアウェイの策を使え無い。こちらも糸の操作をしなければならず、録に身動きが取れないという弱点がある。


 もう一本の鎌に手をかけると、シオンの姿が消えた。思い切り背後に鎌を振るが、空振り。


 上だ。


「ハァァァアッ!」


 脳天を貫こうとレイピアが走る。

 鎌を手放し手を翳す。

 シオンには、せめて急所を守ろうとする悪あがきに見えたかもしれない。俺の手は――籠手は、完全な防御をして見せた。籠手のギミック。それは、シオンの使う空間魔法の劣化版の代物で、"錬金術"と"空間魔法"を組あわせた魔法道具。


 籠手は瞬きの間に姿を変え黒い障壁という形で出現する。迫るレイピアを遮るために。


 パキン


 金属が、レイピアが割れる音がした。それとほぼ同時に、詰んだ事を理解も出来ずシオンは首を跳ねられた。


 汚い音を残してシオンの残骸は倒れ付した。


「――」


 なんとも言えない、不快な余韻。

 達成感などある筈がなく、あるのは気持ち悪さだ。

 それなのに、おそろしい位に心は静かで、反吐がでそうだ。

 

 ――あれだけ、反省したんだがな。

 

「……終わり、だ」


 それが今言葉にできる全てだった。誰に向けたのでも無かったその言葉は、


「早えよ」


 いつから目を覚ましたのかフィオナが応えてくれた。

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