エピローグ

 

 オリジナル魔法――先天的魔法に存在しないとされる、人工的に創作された魔法――"フィジカルブースト"


 使用するのは簡単だった。

 タケモトが手本を見せ、更には俺の体で再現してくれた。実体験できたというのは大きな収穫で、才がなくともフィジカルブーストは使えるようになった。


 タケモトはその魔法を考案、実用するのに一年掛かったと言うが、俺はものの三日で会得したのだった。


 と、まるでフィジカルブーストが完成したかの様な言い草だが、実のところ使用はできても、実用化するのは困難だ。


 微調整が出来ない。いや、調整さえ難しかった。フィジカルブーストを発動させると、初めは歩くことさえ出来なかった。壁に激突し何度も体と屋敷を破壊した。フィジカルブーストの効果で多少身体が強靭になっていても、骨折は日常茶飯事だった。それでも続けられたのは、建物の修理も体の治癒もタケモトが直ぐにやってくれたからだ。面倒見のいい下男とレティシアの存在も大きい。


 ようやく歩く事が出来た時、次はコップを持たされた。水を飲めと。とんでもない難易度だと抗議したが、やってみると意外にも数十回コップを割った所で喉を潤せた。


「上手くいったみたいだな」


「はい」


「今どんな気分だ?」


「自由に動けない感じでイライラします」


 それじゃあ次のステップだ、と指差されたのは隣の家。詳しくは家屋の屋根。前みたいに飛ぶのかと思い手を差し出すと、首を横に振られた。


「この間、俺が屋根に飛んだときフィジカルブーストを使った。同じようにやってみろ」


「……ムリですよね?」


「お前次第だ」


 ダメ元で足が踏ん張れる姿勢を取る。しかし、どの程度の力を出せばいいのか分からない。そもそもあそこまで飛べるのか。


「取り敢えず五分位で飛んでみろ」


 五分。と言っても、それでは届く気がしない。

 それなりの力で――


 飛んだ。


 Gと風圧からは気付いたときに解放されていて、次の瞬間に浮遊感がやって来た。落下している。視線の下に小さくなった家々が映る。本当に脚力だけでここまで飛んだのだとでも言うのだろうか。


 ――まずいぞ。落ちる先考えないと。


 ゴオゴオと風を切る音の中、屋敷を探そうと目を凝らす。


 ――どこだここ?!


 敷地が広くセルニーでは数少ない緑のある場所だから、上空からなら直ぐに目につくかと思ったが、取り敢えず目下に無いことは確認できてしまった。


 おそらくどこかの家に墜落する。最悪、人通りのある道路に落ちてしまうかもしれない。


「がふっ」


 口から息を吐き出させられた。腹部を強めに圧迫される感覚がした。視線を下ろして腹部を見ると、いや、見ようとして、未だに記憶に新しい覆面の男に俺は腹部を抱えられていた。次の瞬間、景色が切り替わる。地平線さえ見えた上空から、屋敷の庭へと。

 

「これ、すごい……けど」


 変則的な圧に体は根を上げて膝をついていた。一体どれだけ飛んだだろう。もしタケモトが瞬間移動で助けに来なければ死んでいた。いや、フィジカルブーストの底が知れない現状、死ぬかどうかも怪しい。


「なにを浮かない顔しているんだ。大成功だ。それも信じられない位の」


「いや、でもこれ、全然制御できる気がしません。だって、さっきだって軽く飛ぶつもりで」


「大丈夫だ。取り敢えず今日から一日中、寝る間も含めてフィジカルブーストを使うように」


 詳しく説明しないのか出来ないのか。

 どちらにせよ、不安しか無かった。


「なに壊しても直せるし、ついでに言えば、爆音だってクレイグが消してくれる」


 それを証明するかの様に、おそらく俺が跳躍した時にボコボコにしたのだろう芝生を、ぐにゃぐにゃと元に戻してしまう。結構、雑だ。魔法にも無理があるのかも知れない。内心、これを直す運命にあるクレイグに謝罪しながら、フィジカルブーストを発動させた。


 その晩、屋敷は破壊と復元が繰り返された。





 フィジカルブーストという代物の理解に至ったのは、ものの数日後だった。昼間は屋根を走り、夜中は屋敷を破壊して過ごす。想像通りに動くこの体は、屋根をアスレチックみたいに駆け抜けられた。また、日が進む毎に屋敷の破壊音は小さく、屋根を駆ける足音は消えていった。


 人間の脳は思っていたよりハイスペックだった。

 力の調整は破壊音さえ気にしなければ、何事もない生活を送るだけで出来るようになった。俺はフィジカルブーストと言うものを勘違いしていた。筋肉を強靭にしたり、エネルギーになったりする魔法、という認識だった。


 本当は頭でやろうとした事を再現する魔法なのだ。但し書きをしておくと、例えば今、俺が空を飛びたいと思ったとして、それを勝手に体がやってくれる訳ではない。


 もっと具体的に想像しなければならない。例を挙げれば、人はジャンプするとき、ジャンプする自分を現実的な範囲で思い描いて、そのために足腰に力を入れて跳躍する。しかし、人の能力では空高くは飛べない。


 フィジカルブーストは、それを現実化、もしくは理想に近い動きをするための魔法。これも例えになるが、バネ、衝撃、鎧などを魔力で構成し、身体を補助する魔法という認識でいい。


 一つの動きをする度、ほんの一瞬の間に無数の魔力が形を成し、崩れていく。だから持続させるのには魔力を一定量必要とするのだ。タケモトには詳しくは分からないでいいと言われたので、俺は感覚のみで漠然と、フィジカルブーストを捉えている。


 何にせよ、オリジナル魔法を完成させたのだ。

 気持ちとしては達成感より、安堵の方が大きい。


「お疲れ様でした」


「ホントありがと、レティシアちゃんが居なかったら絶対出来なかったよ」


「私何もしてなかったような……」


 苦痛にまみれた日々だったが、レティシアを接してどれ程癒されたか。流石に気持ち悪いから口には出さないが。


「明日には出るんです?」


「うん。なんかタケモトがタイミングを間違えると魔族領には行けないとか」


「あー、そうでしたね。賢明かと」


「何か起きるんですか?」


「さあ?」


 得意気に笑って彼女は誤魔化した。





 屋敷のどこかで働いているだろうクレイグを探して廊下を徘徊する。見付けた。今日もせっせと働いていた。


「クレイグ、お世話になったと思いました」


「何ですかそれ。誠意と釈然としない気持ちが滲み出てますよ」


 分かっているのなら、誠意の部分だけ受け取って欲しい。はっきり言って世話にはなりっぱなしだったが、疲労困憊の夜中に彼の仕事を手伝わされたし、貰った恩の半分位は返していると思う。


「明日にはここを出ていくから、感謝を伝えとく」


「そうか……やっと僕は残業の嵐と騒音から解放されるのか」


「ハイハイ、悪かったよ」


「あんたみたいな客はさっさと出て行ってもらうに限ります。あ、でも安心して下さい。次に来るときは新入下男として歓迎してやりますよ」


 珍しく暖かみのある言葉を投げられた気がする。こいつが永遠を生きる吸血鬼なのは知っているが、一応これでも友人なのだ。なにかジンと来るものがあるような無いような。





 翌日の早朝、俺は家出の準備を終え、タケモトの元へ向かった。向かうは大広間。昨日、一昨日と居なかったタケモトと話すためだ。


「悪いな、こんな早くに」


 窓の外では朝日が弱く差すが、まだ夜が明けたとは言えそうにない。


「いえ、ところで何をしていたんですか?」


「大した事はしてない。それより、予定は大丈夫か?」


「はい。頂いたお金もあるので……」


「そうか」


「絶対返しますから、お金」


「別にいいんだけどな。まぁ、何倍になるのか楽しみにしとく」


「う、倍……」


「しかし、いつも剣を差しているが使えるのか?」


「いえ、素人です」


「戦いかたも教えておくべきだったな……」

 

「上手くやりますよ」


「その剣見せてくれないか?」


 剣を抜いてタケモトに渡す。

 そう言えば剣について話をした事は無かった。


「見たことないくらい、いい剣だ。これはどうしたんだ?」


「人に貰いました」


「な……」


「凄くいい人でした。異世界こっちに来て初めて俺を救ってくれた人です」


 驚きと興味を示したタケモトに続ける。


「国の人だと思います。例の件を申し訳ないって言ってたので」


「魔神をどうにかしようって思ったのも、本気かは分からないけど、その人が期待してくれたからなんです」


 どうやら未だに驚きが抜けないらしく、目を見開いて剣を眺めていた。それほどの価値がある剣なのだろうか。


「……名前は?」


「レオナルド」


 ゆっくりとタケモトは背もたれに寄りかかった。

 何かこの名前に覚えがあるのだろうか。他にも情報を絞りだそ打と頭を捻っていると、


「まぁ、そんな事よりお前が門出を迎えるって方が重要か」


 張り詰めた雰囲気は、うってかわって落ち着きを取り戻した。

 いい旅を、とタケモトは言った。


「……今まで、本当にありがとうございました」


 頭を下げ、純粋な感謝を伝える。

 頭を上げると、タケモトは微笑みを讃えていた。


「よく頑張ったな。……それじゃ頑張れよ」

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