ネクロマンサー

猫茶

一章 ゾンビ編

プロローグ

 とある辺鄙な農村の隅に静かに佇む屋敷があった。屋敷は村のなかで最も大きな建物だった。都会でさえこれ程の家を構えられる人間は限られてくる。


 屋敷の主はどんな人間なのか、村の中でさえ知られていない。なにせ、屋敷からは誰も――使用人さえ出てこないのだ。誰も住んでいないのではないかと疑ってみるも、屋敷には明かりがあり、確かに人が住んでいた。庭の草木も明らかに手が加えられている。


 村人の間では屋敷についての悪い噂が流れては消え、また流れては消えた。だが、その噂の真偽はどうしても確かめる事が出来なかった。噂の内容はこうだ。


 ――あの屋敷には悪魔が住み着いている。


 それは屋敷の主にとって都合のいい事だった。村人が近寄って来なくなるからだ。


 因みに、村人の噂は間違っているが、的を外してはいない。


 館の主を"女"と呼ぶ。


 勿論、ただの女ではない。普通の女は何十年もの間屋敷に籠ったりしないし、食料も取らずに生きる事など出来ない。


 そいつは魔女だ。

 しわくちゃで細々とした年寄りの女だ。女は魔法を駆使して生き長らえていた。それでも日に日に肉は萎れ、皮膚は垂れ、抗い様の無い死へと向かっていった。


 生への渇望。やがて不老不死の研究にのめり込み、それは成功を迎えようとしていた。


 俺は、それを許さない。

 女が報われることを許せない。


 彼女は悪魔だ。


 俺は、不老不死の研究をする上でサンプルとして産み出された元氏 傑もとうじ たけしと言う名のゾンビである。






憎かった。人間として産まれ、しかし若くして病で死んでしまった俺だが、ゾンビに生まれ変わってまで生きるなど断じて望んでいなかった。


 だが、女に逆らうことは出来なかった。魔法によって生み出され、魔法によって縛られている。女の魔法は完璧だった。心の中は激情に燃やされていると言うのに、体は黙って女の命令にだけ従った。


 まるで地獄だ。意識はあると言うのに体は言うことを聞かず、憎く醜い女に支配され続ける。


 繰り返しになるが、ついに女は不老不死の秘宝を造り出した。ただ、下準備があるのかまだ実行はされていない。


 だが不老不死と化すのも時間の問題である。


 ――ぶっ壊さないと


 その不老不死の秘宝を破壊することで、俺の復讐は成る。体は縛られているが、この数十年、俺が何も出来なかった訳ではない。生まれたばかりの頃は、感情を消して自己への執着を粉々に砕かれた絶望に項垂れていたが、時間が立てば嫌でも心は建て直される。


 そこからはずっと悪戦苦闘の毎日だ。今に至るまで必死に女の命令に逆らおうとし続けた。


 単刀直入に、一度たりとも女の命令には出来なかった。


 ただ、命令を受けていない間なら、ほんの少しの間だけ体を動かす術を身に付けた。体は動かなかったが魔力は動かせた。術というのは、女の魔法に魔力をぶつけ、命令の強制力を抑え込むのだ。


 どれくらい前か。体の自由を取り戻し自分の姿を見ようとした時があった。そして見たのは、腐った肌に後付けされた瞳、開きっぱなしの口、削がれた鼻。それは腐った死体だった。


 この体は元氏 傑の物ではなかった。身長は高いし骨格も前世の俺とは違うようだった。多分、降霊術の類いだ。それも、世界を跨いでいる。なんとも悲惨な異世界召喚だ。


 どれだけ辛くとも、体は女の命令に従った。泣くことも、嘆くことも出来なかった。だから、持て余した全ての悲しみを怒りへと変え、必死に魔法に抵抗する術を見付けだす事ができたのだ。


 ――あ、帰ってきた。


 屋敷に帰ったのは第二のゾンビだ。女は三体のゾンビを作り出し、それらを手足として駆使する。女は一人では録に歩くこともままならない。第三のゾンビは女の研究の手伝い。俺と二号は雑用だ。俺が研究の手伝いが出来ていたなら、女を殺せていただろうに。首を叩いてやれば簡単に殺せるのだから。


 帰ってきた第二のゾンビは、村人の死骸を抱えていた。新しいゾンビを作るのだろうか。それとも、研究の材料とするのだろうか。はたまた不老不死の秘宝の生け贄となるのか。


 すると、俺にも魔法による信号が送られてくる。


 屋敷を出て森へ向かった。そこには、一人の木こりがいた。音もなく忍び寄ると、襲い掛かかった。こちらを見た木こりの顔が恐怖に歪む。押し倒して首を締める。強く。キツく。ギシギシと。


 断末魔も録に上げられず、男は死んだ。


 人殺し。慣れてしまった物だ。そもそも、あの女に対して憎悪を抱くのは、人殺しをさせられた事が大きい。ゾンビになっても、思想や倫理観は変わっていない。ゾンビになったばかりの頃は地獄だった。


 人は絶命するとあっという間に冷たくなる。そしてその冷たさは自分と同じ温度であり、人を殺した証である。


 何もかも俺が悪いとは思っていない。だが、俺が苦痛を覚えたのは罪悪感ではない。人が殺される様は余りにも酷かった。不快で一時も見ていたくなかった。しかし目を背けられない。瞬きも出来ない。記憶には、恐怖や怒りに彩られた死体の顔が幾つも刻まれていった。


 新しい死体トラウマを担いで屋敷へと戻る。


 一日の内に二人も殺すなんて珍しい。さっきのように、村人を事故に見せ掛けて殺すことは多々あったが、今回はかなり露骨だった。それほどに女は焦っているのだ。命の灯火が消えるが先か、秘宝を発動させるが先か。


 俺は館に戻ると、死体を女に届けた。

 単調な日々だ。屋敷の清掃と人殺し。

 それが俺の仕事だ。

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