草原

 執念だった。

 盲執していた。

 魔力は基本、組み方次第で何にでもなる。

 より高度な物になるにつれ複雑さや魔力の必要量は変わるが、時間遡行なんて魔法は、あまりに難解で遥か昔の人々も現代に生きた人々もさじを投げた。


 だが、これが唯一の光。

 薄ぼんやりとしか見えないが、確かに存在する光明。

 希望の対極にいた俺にとって、全てを引っくり返す可能性は、どれだけ小さくても全力を注ぐに値した。迷いは無かった。


 時間という抗いようのない絶対に挑むのは、古代の魔法を熟知するエルフィと現代の多様な魔法を知る俺。おそらく、現在解明されている魔法の一歩先に行けるのは確実だろうが、壁は一歩では越えられない。飛躍する術がなければならない。


 エルフィの書庫にある書物を全て読めば何か閃きがあるかと思ったが、そんな好都合にはいかなかった。


 膨大なエネルギーが必要になることはさておき、まずは方法を模索しなければならない。何も世界の全てを改変し過去に戻る必要はない。たった一部の物を過去に。遡行ではなく。時空間をズラす。


 具体的なものが思い付かない。


「くぅぅ、わかんねぇ」


「ふふふ、楽しそうだね」


 楽しそう?


「そう、なのか?」


 楽しいのかもしれない。

 希望が出来た。

 その希望にすがっているとも言えるが、これはどちらかというと、一つの物事へ全力を傾けていると言える。思えば、人生で一度も力の限りを尽くすなんて事は無かった。全力を振り絞っている気でいて、本当はどこか白けていた。


 理由は明確だ。

 今の俺が突き動かされている物、そのものが理由だ。


 ――俺を生きたいと思わせてくれた人達を取り戻したい。


 ただ、無我夢中に、ただそれだけの話だ。この気持ちはきっと魔女と大差ない。しかし、全くの別物。何故なら見栄があるから。側にエルフィがいて、まだ失ってはならないものが残っている。


 正直、もしエルフィが居ない環境でこの研究をしていたら、魔女と何も変わらない道を選んでいたと思う。自制心とはこれほどまで弱い。だから、研究が成功した暁には、過去の俺に伝えてやりたい。


 ――周囲の目を過剰に気にして。情けない姿を必死に隠しながらいつも通り年甲斐なくヒーロー気取っててくれ。


 停滞していた時間は少なかった。ある程度方策を固めると、具体案が数個生まれ、その内エルフィが発想した、魔法を複数回連鎖的に行使することで、難解な魔法、いうなれば、魔力ではなく魔法によって作られた魔法――造語になるが"大魔法"を生み出す、という筋が壁を越える足掛かりになった。


 それからは、時間的にはゆっくりと、しかし、確実に時間遡行という夢のような代物の全容を暴いていった。


 方法は絞られた。

 無数のパーツの上に成り立つのが時間遡行の魔法だ。


 例えば、ダンジョンは今、膨大な数の金属の残骸が転がっている。人間の手では魔力の収集と大掛かりで連鎖的な魔法の行使は不可能であり、そのための装置が必要である。これはその失敗作達だ。


 失敗作を錬金しないで残しておくのは、そこから学ぶことがあるからだ。他にも、未だに後天的魔法として扱われていない"空間魔法"の解明も必要不可欠だ。それらを繋ぎ止める魔法道具も。他にも無数の歯車を生成しなければならない。


 要するに、時間遡行魔法は存在せず、結果的に時間を遡れる装置を制作しているのだ。


「アアアアッ、クソがァッ!」


「まぁまぁ落ち着きたまえ。わたしも君も不老不死なんだから焦る必要は無いだろう。休憩だ、お茶でもしよう」


「! ……お前のそう言うところ嫌いだな」


「ほぅ、どういう意味だい?」


「そういう所だよ。その態度。俺の未熟さを思い知らされる」


「いや、わたしだってイライラするさ。特に今回は期待していたからね。結果が失敗――いや、失敗した結果、また喧嘩にならないために実は色々用意していたんだ」


 と、現れるカフェテーブルとティーセット。それからというもの、実験をする前には必ず緩和材の設置まで用意するようになった。これも一種の部品と言える。


 皮肉にも、時間遡行の研究はどんどん時間を経過させた。人の寿命で何人分になるだろうか。道理で人類が時間遡行を成功させられない訳だ。アンデッドだからこそ出来た所業である。


 不毛な地に。

 虚しかった荒野に。

 緑が覆い、地平線まで続く草原が展開される地上に。

 その日初めて足跡が築かれた。

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