第十三迷宮
エンジン音の様でどこか違う騒音を撒き散らしながら、作った道を辿るようにして走行する。
最近、地上を砂ぼこりが舞うようになった。
視界が悪く周囲の様子を確認できない。
こんな環境に生命が在るとは思えない。
死にすがって、終わることを希望にバイクを走らせる。
やがて到着するのは、巨大な穴。元第十三迷宮セルニーだ。アノニアス教団の凶行のあと真っ先に来た場所だが、また来ることになろうとは。
ここに来た理由は一つ。
ダンジョンの最奥に眠る書物だ。死霊術の魔導書だ。俺を縛り付ける鎖を消すために来たのだ。
中は元の幻想的な風景など欠片もなく、そこは荒みきった洞窟内だった。ダンジョンの設計図は忘れていない。近道を駆使して七階層までやって来る。重い扉を開き中に入ると、最下層だけは無傷のまま残っていた。
「――あれ?」
ふと目を擦る。
しかし目の前の景色は変わらない
「なんだい死人を見たような顔をして。死んでいるのは君の方だろう?」
「……ぇ、エルフィ?」
「そうだよ、それにしても、随分と来るのが遅かったね」
棺に腰かけるエルフィが、そこにいた。
この前来たときは居なかったのに、なんて疑問を抱きつつ鼻の奥がジンとして。幻影ではないかと何度も疑って、目の前の光景が真実であると確信する。気付けばエルフィを抱き締めていた。
「ぐぅ……相当ひどいモノを見たようだね」
*
若干取り乱してから漸く落ち着くと、手を離しエルフィを解放する。そして真っ先にどうして無事なのかと問う。
「アノニアスが再び現れてしまった……のは確認出来ないんだよね」
その時俺は、剣聖に細切れにされていた。再生にはそれなりに時間がかかったと思う。そのため、何があったのか詳しく覚えていない、知らない。
「わたしは、本体のわたしは、衝撃に耐えるためにダンジョンと一体化したんだ。この棺はそのための装置さ。肉体をもう一度作り直すのも、この装置。ダンジョンから自力で解離するのは負荷が掛かるから、その間、ざっと数十年だ。君はそのタイミングでここに訪れたんだろうね」
――そうか、俺はそんなに長い時間、地上をさ迷っていたんだな。
「その様子だと、地上は録な状態じゃ無かったみたいだね。……残念だよ」
「随分と、軽いな」
「……」
「悪い」
暫く、嫌な沈黙の時間が流れ、やがてエルフィは口を開く。
「タケモト君は……何をしにここへ? わたしが死んだと勘違いしていたのなら、何故ここに来たんだい?」
回答しにくい。それでも事実を絞り出す。
「……死ぬ方法を探しに来た」
「そうか、君は」
「――」
「もう、諦めてしまったんだね」
何を言っているのかと聞き返そうかと思うほど当然の事だ。俺が何を諦めていないと思っていたのか。
「ああ……そうだよ。当たり前だろ。もう、全部失っちまったんだから」
アノニアス教団のせいで。シオンのせいで。レオナルドのせいで。スーリオンのせいで。
無力な俺のせいで。
希望は彼方に消失してしまった。
しかし今、すがるものならば。
「でも、お前がいる。エルフィが居てくれるなら……」
聞いていられないとでも言うかの様に俺の話を遮って言った。
「悪いけど、わたしは永遠を生きられないんだ。もし君がここで足踏みしてしまうなら、いつか孤独は訪れる」
「な、んでだよ。なんでそんなこと言うんだよ……ッ」
突き放される様に放たれたその言葉に、再び絶望が訪れる。すると憎悪にも似た感情が現れて。それをぶつける場所が無い故に、膝をついて運命に敗北した事を噛み締める。
一体、どこで間違えた。
何もかもうまく行っていたじゃないか。
たくさんの人を救って、認めてくれる人も出来てきて。
英雄に一歩近づいたんじゃないかって勘違いしていた。
結局、力足らずで全て失った。
「君はそうやって自ら希望を閉ざしてしまうのか……?」
「――は」
「もうダメだと、本気で思っているのか?」
「――ッ」
突然に、投げられた覇気の籠ったそれに肝をつぶされ。
「違う。全部取り戻せる」
発破をかけるつもりなのか、らしくない口調で意味の分からない事を言って、彼女は一冊の本を差し出してきた。
無心で受け取ると表紙を覗く。
『時間遡行が不可能である理由』
呆然とそれを眺める。
まさかと思いつつ。ゆるゆると面を上げる。
今日初めてまともにエルフィを見据えたかもしれない。
すると、彼女は口を開く。
「当然わたしはやるが、君はどうする?」
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