異世界紹介


「突然だけど、タケモトって強いんです?」


 ピアノの屋根に寝転がり、魔導書を読んていたのだが、ちょうど読み終わり書物をパタンと閉じたタイミングで、床から生えてきた少女が、彼女の言う通り突然に言った。


「それよりも、夜中の間ずっと家を開けていたが、お前はどこで何をしていた? 何かあったらクレアに怒られるだろうが。……あと、それはどうやって透過してるんだ?」


「これはですねぇ」


 地面に体の半分くらいを埋めていた少女は、にょきにょきと地面から出て来て「触れてみてください」と指をクイクイした。言われるがままに彼女の方に手を伸ばすと。


「触れられない?」


「ええ、そうなんです。すごいでしょう」


 金髪碧眼の少女。もといレティシアは、その長い金髪を揺らして自慢げに言うと、クスクスと笑う。幼い少女だからだろうか。彼女には穏やかで丸っこい印象を受ける。


 きっと死ぬ間際には、たくさん苦しい事があったろうに、今はこうして笑っている。それが少し嬉しくて。


「実はですねぇ。今私、足の裏だけ残して透過してるんです」


「ああ、なるほど」


 彼女の体は、透過すると重力のなされるがままに自由落下してしまう。さらに、彼女は体の一部と質量が重なってしまうと、その一部は透過を解くことが出来ない。最悪、星の中心まで落下しお陀仏なんてこともあり得るのだ。


「壁を自由にすり抜けるのが楽しくて、ついつい遅くまで遊んじゃったけど、許してくださいね」


「……まぁ、俺がいい悪い言うつもりは無いよ。でも、姉を泣かせてやるなよ」


「当然です」


 なんだか、世話を焼くのが板についてしまったな、と哀愁を覚えていると。


「それで、どうなんです? 先程の質問の答えは。タケモトは強いんですか?」


 強い、か。その単語の主語は色々ある。例えば、酒だとか精神だとか。だが、この世界において、単体で繰り出された強いという言葉が指すのは、力の強さ――喧嘩の強さだろう。

 

 質問の意図を掴んだとしても、この質問に答えるのは難しい。


 異世界の強さの基準は"先天的魔法"が決めるのが殆どだ。


 さて、異世界召喚され、もう三十年くらいになるが、その莫大な時間を経て得た情報を元に自分を語るとしよう。


 俺の先天的魔法は"錬金術"。

 後天的魔法は"降霊術"と"火属性魔法"である。


 この世界に魔法という物があるが、これは二パターンに分けられている。先天的魔法――生まれながら持っている魔法。後天的魔法――生きている上で持つことになった魔法だ。


 先天的魔法は、人間全員が持つオリジナルの魔法である。種類は様々で、最近では遺伝に関係があるという事が明かされた。それでも、原理を解明できない魔法は多く、人類が生き残るために進化の過程で獲得した能力だが、今はまだ人類の身に余る代物だ。この世界で争いが尽きないのは、この性質故かもしれない。


 後天的魔法は、先天的魔法の原理を解明し、それを再現した物をいう。


 以上が、この世界だ。

 以上が、魔法イコール力の異世界の実態である。


 俺の魔法は、喧嘩の強さを基準にすると大したことがない。

 "錬金術"も降霊術"も戦闘向きではないし、三つとも解明しつくされる魔法なので、オリジナリティもない。だが、三つも持っていると言うのは珍しい。


「と、いうことで、俺の魔法のスペックは中の上くらいだな」


「それって、強いって事でもいいですよね?」


 と、どこか必死に俺が強いと主張するレティシア。つい「そうだな」と肯定してしまう。


「なら、屋敷に変な人招待しちゃいましたが、平気ですよね?」


 変な人ってなんだよ、と聞く間もなく。

 窓に人影が現れたかと思えば、それは軽い足音を立てて屋敷へと侵入した。


「こんにちは、ゾンビと妖精さん。僕はクレイグという――」


 と、不躾にも窓から入ってきた少年は、行儀よく態度よく挨拶を。


「王国への反逆者です」


 いや、一国に対し宣戦布告をした。





 時は昨夜にまで遡る。

 レティシアは、透過能力――いわば、無敵の力を使って遊んでいた。地面に隠れて村人を脅かしたり、魔獣と戯れてみたり。最近はどんどんエスカレートし、村中でレティシアが化けて出たと噂になる程大事になった。


 その夜も、村人か、もしくは魔獣に出くわさないかと期待に胸を膨らませて森を散歩していた。 


 しかし、遭遇したのは見知らぬ少年だった。こんな鬱蒼とした森の中だというのに綺麗な服を着ており、その余裕ある態度からは遭難者にある筈の焦燥を感じさせなかった。


「へえ、透過出来るレブナントか、初めて見ました」


「あれ、どうして気付いたんです?」

 

 地面に隠れて脅かしてやろうとしていたレティシアは、つまらなさそうに姿を現した。


「おお、器の殆どが魔力で構成されてる。なかなか綺麗な造りじゃないですか」


 全く話を聞かないその少年に、怒りよりも気味の悪さが去来した。


「お前、誰です?」


「ああ、失礼しました。僕の名前はクレイグです。君は?」


 素直に名乗るべきか。考えるまでもなく。


「私は妖精です。関わらないで下さい」


「それじゃあ案内してくれませんか? 妖精さんを造った人のところまで」





「それで素直に連れて来たのか?」


「違います! 精一杯逃げてみたんですけど、凄い速さで追ってきて!」


 俺はもう二度目になる窓からの侵入者を前例と同じく、テーブルにつかせて迎え入れた。レティシアに茶を淹れてくるよう頼むと、目前に座する少年を見据える。


「……で、何の用なんだ?」


「うーん、そうですね。用と言った用は無いんですけど、気になる事がありまして」


 クレイグがこちらをジッと見つめてくる。確かに、喋るゾンビなんて珍しいだろうが。


「なるほど、何日も掛けて来たかいがありました。タケモトさんが原因なんですね、この魔力の濁りは」


 背筋が凍った。

 魔力の濁り。決して根元は俺ではないが、確かに原因は俺にあるのだ。現在、ここ周辺の魔力の流れはぐちゃぐちゃになっている。その根元たるモノが、魔女の亡骸だ。癪だがあの死体は丁寧に火葬したのだが、彼女の魔力の強大さ故に、周辺の魔力をあてもなく吸い寄せてしまうのだ。


 もう気付かれたのかと思う反面、魔力の乱れをいち早く見付け出したこの男が、只者ではない事を悟る。


「俺が聞きたかったのはそんなことじゃない。なんなんだ王国への反逆者って。反乱でも起こすのか?」


「いえいえ、そんなんじゃなくて王国にちょっかいだすんですよ」


「ちょっかい?」


「そうです。アンデッドの大軍を引き連れて王国を更地にしてやろうかと」


 正直、何をバカな事を言ってんだと一蹴しそうになったが、彼の赤い瞳は嘘を言っている様には見えなかった。


「そこで、僕の下につきませんか? 喋るゾンビも妖精さんもレアですし」


「本気か? 冗談ならその辺にしておけよ」


「本気ですとも」


 その時、レティシアが茶を持ってきた。場の空気に圧されてか、あくせくしていて微笑ましい。俺は一息着いて落ち着く事にした。


 相手はまだ中学生くらいの子供だ。冷静に考えて、彼がゾンビの大軍を持っている筈がない。そもそも大軍と言ってもゾンビ百程度なら王国は揺らぎもしないだろう。


「しかし、何のためにそんなことするんだ?」


「とくに意味はないです」


 本当にサイコパスっていたんだな、と半信半疑で思った。サイコパスなんて言葉でクレイグを当てはめるのは間違っているが、彼の言には現実味がなく、冗談としてしか受け取れないのだ。


「あんまり信じてもらえてないみたいですね」


 クレイグはやれやれと席を立つと、クルリと反転してみせた。


「……あ」


 彼の背には黒い翼が生えており。

 

「驚きましたか? 実は僕、吸血鬼なんですよ」


 自分がヴァンパイアであることを明言した。

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