揺れる

 吸血鬼。強大な魔力と怪力を兼ね備え、何より不老不死という特性を持つ種族だ。だが、彼らにも欠点がある。川を渡れなかったり、家には招かれないと入る事ができないなど。それさえ、変身やその美貌などで補ってしまうのだが。


「吸血鬼……?」


「ええ、知りませんかね」


「吸血鬼って家には招かれないと入れないんじゃないのか?」


「……何を言っているんですか?」


 怪訝そうに首を傾げるクレイグ。どうやら俺の知っている吸血鬼とは違うようだ。異世界の吸血鬼には欠点が無いとでも言うのだろうか。吸血鬼であることが分かった今、一気に彼の言動の信憑性が増す。ボソッとレティシアに透過しながら下がっている様に言う。


「なんにせよ、お前が何かしでかすって言うのならここで止めなくちゃならないな」


「止める? ゾンビがヒーロー気取りですか?」


 自分が悪であると自覚がある辺り、こいつは正常な精神であり、本気で理由もなく王国に戦いを挑むつもりなのだと。


「一体、何がどうしてお前は……」


「ゾンビさんにとって、悪事の理由が暇潰しなのはおかしいですか?」


 そして、こんな事を言うのだ。あまりの無理解に怒ることさえ出来ない。むしろ困惑を覚えている。果たしてこんな人間がいていいのか。


「やはりゾンビさんには人間っぽさがありますね」


「そうか? お前が無さすぎるんだよ」


「まだ分からないでしょうが、百年も生きれば人の価値観は大きく変わるものです。それが悠久を生きる吸血鬼ともなれば仕方ないと思いませんか?」


 そうなのだろうか。思想が変化し、人間と掛け離れてしまうのは永遠を生きる人間にとっては当たり前。なるほどそうかも知れない。だが、


「仕方ないにせよ何にせよ、」


 俺は席を立つと、優雅に茶を飲むクレイグを見下ろして。


「お前の言ってることやってることは間違ってる」


 腰の剣を抜き一閃を放つ。それは見事にクレイグの胸を切り裂き――


「服まで再生すんのかよ」


 瞬きの間に、血も流さずに傷は消え、再生能力は肌と同時に切り裂かれた服にまで及んだ。


「本気なんですね」


 小さく低く発せられたその言葉と口調には、痛みや怒りは含まれておらず、純粋に驚いているようだった。


「命をなげうってまで守る価値は人間にありますか?」


「分からないのか? 哀れなヤツだ」


 もう一度剣を振り下ろす。確かに刃はクレイグを薙ぐが手応えは無い。背後に気配で理解へ至る。目の前にいるクレイグは霧散し、虚像であるとネタばらしをした。


 ットン 


 軽音な音が広間に響き渡る。クレイグが俺の背中に手を当てたと思うと、音量に反して物凄い衝撃が襲ってきた。転倒し、体は床を転がった。起き上がろうするも、体内を反響し続ける衝撃がそれを許さない。


 歯を食い縛ってようやく立ち上がると、クレイグは余裕綽々よ面持ちで。


「ゾンビの軍を連れて一週間後また来ますね。せいぜい頑張って下さいヒーローさん」 


 こちらを嘲る少年は霧散し、代わりに出現した蝙蝠が屋敷を去って行く。同時に、俺は糸が切れた操り人形みたいに膝を落とした。

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