日の出

 クレイグが去ってから六日。つまり、明日にはゾンビの大軍がやってくるという日。俺は懸命に錬金術を行使して対策を練っていた。


「今更だけど、なんで村を守ろうとするんです? あの吸血鬼じゃないけど、村の人達は私を地獄に落としたんですよ?」


 その時、何を思ったのかレティシアがそんな質問を投げ掛けてきた。口調に怒りの色はなく、単に疑問なのだろう。


「タケモトがするって言うのなら文句は無いですし、付き合いますけど」


 と、さり気無く随分と可愛げある台詞を付け加える。


 夜中に出くわすと失神必至な容姿の俺に対して、だ。不思議なことに、レティシアは出会った当初から今に至るまで俺に対する忌避感はない。それどころか彼女と暮した半年間に孤独感を覚えた事は一度もなく、言うなれば、俺に癒しを与えてくれた。


 少し間を置いて丁寧に言葉を選ぶと、


「あいつらのしたことは愚かだったが、たった一つの間違いで見限るのは、な。それに、あの村にはきっと、お前みたいな子供だっている」


 クレイグはヒーローを気取っていると言っていたが、そんなことはない。ヒーローになれる訳がない。だって、ヒーローならきっと村の悪習さえどうにかしようと奔走し、解決しただろう。でも俺は不可能だと諦めた。


 村が覆面をかぶった変人を受け入れる筈が無いし、悪習とはいえ、それは山賊の脅威から自衛するためのもの。それをどうこうするには、相応の責任を取らなければならない。俺は責任を取れるだけの能力を持っていない。


 ――だから、せめて俺の力が届く範囲なら。


 ヒーローになれなくても、俺は守りたい。

 俺は、この世界では中の上くらいの魔法を使える。無力では無いのだ。ならば、この歳でもやってもいいんじゃないか? ヒーローごっこ。


「ヒーローですよ。タケモトは」


 レティシアは慈しむ様にこちらを見て。


「少なくとも、姉さんも私もそう思っています」


 ただ嬉しくて、何も言えなかった。





 決戦前夜。


 俺は最終調整を終え、無心で空を眺めていた。ゾンビでも心揺さぶられる景色だ。いや、ゾンビという醜い存在だからこそ、その美しい景色は栄えて見えるのだ。


 こうしていると、色々考えてしまう。


「落ち着け、大丈夫だ。きっと」


 レティシアが付いてくると言うのだ。透過の能力があるから平気だろうが、彼女に何かあったらクレアに顔向け出来ない。それ以前に、俺が自分を許せない。


「いま考えてもどうしようもないよな」


 その理屈で悩みを解決できるものなら、世界から不安や悩みは格段に減るだろう。何か別の事を考えるべきか。


 そうだな、最近の趣味の話でもしようか。


 レティシアと暮らす前までは、読書、ピアノ、錬金術という組み合わせだったが少し変わった。


 錬金術をほっぽかしている。滅茶苦茶難しいのだ。物の構成を変える所までは天性の才能先天的魔法なだけあって何とか付いていけたが、物を魔力に変換し、さらに別の物に置き換える、なんてレベルにまで来ると無理を感じ辞めてしまったのだ。


 代わりにピアノにハマった。なにせ、聞き手がいるのだ。しかもとことん付き合ってくれるレティシアという聞き手が。


 読書も変わらず続けている。また、魔導書を読んでいる内に、火属性魔法なる魔法にロマンを覚え、初歩しか出来ないが研究を始めている。いつかは小技だけではなく、燃え盛る炎を手から放出してやりたい。


 やることが趣味以外無いため、趣味と生活はほぼ一致している。俺のここ半年間はこんなところだ。


 趣味の話はこの辺でいいだろう。

 俺がこの一週間で何をしていたのかというと、ゴーレムを造っていた。ざっと七つある。俺が試行したゴーレムの錬成は、降霊術と錬金術を組み合わせるという方法だ。土塊の形を整え、そこに猿や熊などの獣の魂を閉じ込めた。人間の魂を使っては魔女と同じであるため遠慮した。


 ゴーレムは俺の三倍くらいの大きさにした。これの凄い所は、破壊されても土さえあれば復元する事だ。弱点は魂が解き放たれると、ただの土塊に戻ってしまうこと。魔力をがっちり組んで魂を縛ったし、生半可な浄化魔法じゃ破壊されない筈だ。


「そろそろ日の出か」


 ローブを羽織り、無地の白い仮面を被る。

 俺とレティシアは、ひんやりとした朝の空気の中、ゴーレムに乗って北に向かった。

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