ヒーローごっこ

 クレイグは一週間後に来る、と言い残した。

 俺は期日の朝までには辿り着くよう、人目に触れぬよう、北の集落と村の中間あたりで待ち構えていた。誰が道を通るかも分からないため、ゴーレムは土と同化するよう隠している。


 日は昇り、やがて沈んでいった。

 代わるようにして月が昇る。


「時間まで言えよ……」

 

 そう愚痴を溢す。

 若干の余裕のある俺に対し、レティシアは岩石に化けるゴーレムに腰を掛け足をばたつかせる。なんだか落ち着かない様子で。


「タケモトは……タケモトは不死ですけど、それでも……」


 なんだそんな事か、と。

 安心させる為の言葉を吐こうとして。

 

 その時、地平線が揺れた。

 有り得ない事象の正体は月の光によって明かされた。


 ゾンビである。無数のゾンビが遥か遠くの地平線を埋め尽くしていた。音もなく、静かにこちらへ向かってくる。


「はははっ」


 思わず乾いた笑いが込み上げてきた。数は想像を越えていた。そもそも、頭の中で想像出来る数ではない。こうなっては、まずゾンビの大軍を抑えるのは無理だ。大将を――クレイグを倒すしか無い。


 あの中からクレイグを見付け出すのは骨が折れる。


 あの吸血鬼なら、大軍のどの辺りにいるだろう。前に出てゾンビを率いるか。後ろで大軍の後を追うか。どちらも違う気がする。中央で輿にでも担がれながらワインなんかを飲んでそうだ。


 ゴーレムの足元、つまり地面の中に隠れる。ゾンビがやってくるまでここで伏せていよう。大軍がゴーレムの真上に来た時、タイミングを見て飛び出そう。


「タケモト……」


「大丈夫だ。無茶はしない」


 先程の問いに答える。

 答えに偽りは無い。

 そもそも、無茶出来るほどの根性は持ち合わせていないのだ。異世界に来てから神経は図太くなったつもりでいたが、無数のゾンビに襲われると考えると足がすくむ。


 暫くすると、頭上から足音が聞こえ始めた。暗闇の中で神経を尖らせ、頭上を通過したゾンビを数える。緊張している時に感覚を頼りにしてしまうと失敗するだろうから、数字に頼ることにしたのだ。


 四十八、四十九、五十――


 ゴーレムに起き上がるよう命じる。

 運良く五十歩先に奴を捉えた。想像通り、彼は華奢な儀装馬車の様な物をゾンビに引かせ、堂々と俺達を待ち構えていた。


 馬車には装飾ばかりで防壁の役割を果たすものが無い。邪魔なのは、約百メートル内に蔓延るゾンビ達。


 ――想定済みだ


 ゾンビを掻き分けて七体のゴーレムが爆走する。先頭を走るゴーレムの頭上にてローブと覆面を脱ぎ捨てて剣を抜くと、とある魔法を行使しながら距離を詰めていく。やがてゴーレムが、ゾンビの数に押されて動けなくなるが、その時は既にクレイグは目と鼻の先であり、俺はゴーレムの頭上を跳躍していた。


「やはり来ますよねぇ!」


 クレイグの狂気じみた歓声と共に、が襲い掛かってくる。俺は、躊躇いと恐怖を抱いたままそこに飛び込んだ。火傷は即座に回復したため、激痛は一瞬だ。


 炎に突っ込み尚進む俺の姿に、その異常な光景にクレイグは目を疑い。その驚きに染まった表情を見て、頬がつり上がる。


 一撃に掛ける。

 それが即席で立てた作戦だった。何せこちらが圧倒的不利な環境にあるのだ。短期決戦が望ましいだろう。

 

 それに、奴には高い再生能力があるが、果たして限界まで熱せられたつるぎ――摂氏一五〇〇度を越える刃なら一撃での勝利を可能にしてくれるのではないか。


灼熱の剣ラヴァ スパーダ


 手元の灼熱を宿す刃をそう名付けた。火属性魔法という広い分野において、俺が会得したのは"物を熱する"という魔法だ。言葉にするとショボいし実際にショボいのだが、同じ魔法でも、どれだけの魔力を使って組むかで規模が変わる。


 物を熱するという単純な魔法に、注げられる最大限の魔力を。


 鉄製の剣では融点にまで達した。そのため、今現在も溶解する刃を錬金術で強引に修正し続けている。


 小手先の技だが、面倒な工程を潜っただけあり強力だ。


「ああああああッ!」


 俺は、ゾンビの頭の蹴って再び跳躍する。標的の上を取った。とっさにクレイグは剣を抜き、俺の剣撃に合わせようとするが。


 パキンッ


 荒々しく金属が割れ、耳をつんざく音が響いた。


 灼熱の剣ラヴァスパーダは鉄の剣など容易く破壊する。もはやクレイグに防御の余地はなく。怯んだクレイグに二撃目を叩き付けた。






 二人は体勢を崩し、儀装馬車から転落する。ゾンビは一息を付く。吸血鬼は、胴体を真っ二つに切り裂かれ、しかし再生しない自身に焦った。


「きっと暫くは再生しないぞ」


 切り裂かれた部分の細胞が壊死し、より再生を遅らせているのだ。


「……なるほど。これは、やられましたね」


 そこに悔しげな色はない。寧ろ、この先に起こることを楽しみにしているかの様だった。


「まずゾンビをどうにかしろ」


 今現在、俺は周囲のゾンビを屠りながら会話している。邪魔な事この上ない。


「僕は降霊術が特別できる訳じゃないんですよ」


 レティシアは、透過しながらゾンビだらけのグロテスクな戦場に翻弄されていた。クレイグは彼女をチラと見て。


「妖精さんを作ったなら、分かるんじゃないんですか?」


「おい、まさか……」


「ええ、ゾンビ達には雁字絡めの呪縛を施しました。もうほどけませんよ?」


 こいつ、まさか、本気か?


「じゃあ、こいつらは……」


「このまま南下するでしょうね」


 吸血鬼は、実に嫌らしい笑みを浮かべて最悪の事実を告げた後、こう付け足した。「さて、ヒーロー。どうするんですか?」と。


「――ッ、クレイグゥッ!」


 殴り掛かろうとした手をピタリと止める。

 今はそうじゃない。一刻を争う事態なのだ。感情を発散させるべき時ではない。


 ――どうする?


 無数に行進するゾンビの大軍。これが村へ向かうのか。勿論、被害がそれだけで済む訳がない。やがて街路を、町を、人々を、奴等は踏みつけ進むだろう。


 ――ヒーローは、いる


 王国には数々の生きる英雄が存在する。彼らが事にあたれば、俺なんか必要無いだろう。


 ――でも。


 彼らは間に合うだろうか。

 すぐ近くにある村を守れるだろうか。村人達は、子供達は無事でいられるだろうか。


 ――でも。


 俺では力不足ではなかろうか。この無数のゾンビを倒せるとは思えないし、そもそも彼らに与えられた命令は人々を殺すこと。俺が引き付ける事は出来ない。


 ――でも。


 二律背反の頭の中――弱音の部分。しかし、弱音とは別のモノも平行して思考されており、現状を打開する可能性を秘めた、たった一つの解が導き出されると、俺の頭にひしめく全ての「でも」は投げ捨てられ。


 立ち上がり、俺は無我夢中で叫んだ。


「てめぇら聞けぇぇぇぇッ!」


 錬金術で、剣を即席のスピーカーに作り替えた。


「俺は人間だァァァアッ! 痛みを一ッ切感じさせずに殺してやるからッ! 掛かって来やがれェェェエッ」


 俺の声は、足音を立てず、声を発しないゾンビ間には大きく響いた。


 彼らは、かつての俺と同じく悪夢を見ている。もし痛みもなく殺してくれると言うのならば、きっと彼らは救いを求め――俺を殺しに来る。


「まさか、本気ですかッ?」


 正気を疑うべくクレイグ叫んだ。


「レティシア! クレイグを魔法で縛っといてくれ。こいつには後でケジメを付けてもらわないといけないからな!」


「――ッ」


 何か言いたげなレティシアの瞳を受け、俺はスピーカーを剣に作り替えた。







 不毛な大地を一本の氷柱が立つ。これはレティシアの先天的魔法――氷属性魔法によるものだ。


 そこにクレイグは磔にされ、目の前の光景を見せ付けられていた。ゴーレムとゾンビが入り乱れる戦場において、無数にいたゾンビ達が万単位に減り、千単位に減り、遂には数えられる程にまで減っていた。


「ありえ、ません……」


 彼がそう呟いたのは、自軍が潰されたという事実から目を背けたからではない。身一つで無数の命を救い取るという、目の前で為された偉業に対する感嘆だ。


 彼は宣言通り、全てのゾンビを一太刀で殺めていた。


 いくら不死の体であろうと、可能と言える所業ではない。奴が幾つもの奇跡を起こして、不可能を可能にしたのだ。一体何が、彼を突き動かすのか。

 

 彼に見返りは一切ない。

 誰も彼に感謝しない。

 誰も彼を称えない。


 あるのは。

――あるのは、見ず知らずの人々の平穏だ。苦痛から解き放たれたゾンビ達の安眠だ。


 で、彼は何を得た?


「格好付けてんじゃ――」


 そう言おうとして、止めた。

 ふと一つの疑問が頭をよぎったからだ。


 何と言ったっけ。

 

 奇跡を起こして。

 窮地にある者を救って。

 恥ずかしい位に格好付ける者を……

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