エピローグ

 青年は異様な光景に見入っていた。

 ゾンビがゾンビの大軍と戦っているではないか。


 何が起きているか彼にはさっぱり分からなかったが、ゾンビが自分の仕事を引き受けてくれた事に変わりは無い。


「邪魔者扱いされて適当な命を与えられたのかと思っていたけど、案外違ったようだ。まさか本当に吸血鬼がいようとは」


 村の方へ忍び込もうとする数匹のゾンビを狩る。

 すると、また事の渦中にいるゾンビを見やり。


「今は、僕の出る幕は無さそうだね」


 暫くして、立っているゾンビは一体のみとなっていた。

 咆哮が上がった。

 

 あれには後で会うとしよう。

 今は、自分に与えられた任を遂行するのが先だ。


 王国騎士団の正装をした青年は、クルリと激戦の地に背を向け歩き出した。





「……で、誰なんだ、その子は?」


 久々のクレアの訪問。投げ掛けられたその問いの先にいるのは、死んだ瞳でピアノを磨く少年だ。


「えっと、姉さん、色々あったんだよ」


 答えるのはレティシア。この姉妹、一月ぶりの再開である。この半年の間、クレアは月に一度の頻度で屋敷を訪れている。忙しいだろうに、それほど妹が大切なのだろう。家族水入らずであるべきか。俺は本を読みつつ彼女らの会話に耳を傾けることにした。


「まず、あれがゾンビの大軍を率いて村を攻めて来たんだけど……」


「へぇ、そんなことが。……うんん!?」


――


 つい一昨日の話になるが。

 

 王国へ向け行進するゾンビ軍に無謀にも抗う者がいた。無事にそいつはゾンビ軍を壊滅させ、そして今、氷付けにされるゾンビ軍のボスに刃を向けていた。


「……自分が何をしたのか分かっているよな?」


「――」


「ツケを払ってもらう」


「ツケ?」


「ああ、そうだ。未遂とはいえ人が殺されかけたんだ。幸い、誰も被害を受けなかったし、誰も見ていた奴はいない。だから俺が勝手に裁く」


「……」


「賠償金、金貨五千枚だ」


「……は?」


「出せ」


「いや無理ですよッ! 昔流通してた金貨なら城にありますけど!」


「それじゃあ意味がないなぁ……」


「いや、まず賠償金ってのがおかしいでしょッ?」

 

「じゃあ、四肢割いて冷凍して地下深くに埋葬するか」


「待って下さい――」


「まぁ。金貨五千、払えないんなら仕方ないよなぁ」


「ち、ちゃんと払いますからッ!」


「当ては?」


「――ッ」


「そうか。なら、体で払ってもらうしか無いな」


「体?」


「そう。ちょうど屋敷を掃除する人手が足りなかったんだ。お前が不老不死でよかったよ。返済するまで家の下男をやってもらうぞ」


――


「一ヶ月の間にそんな滅茶苦茶な事があったのか」


「うん。それでね、酷いんだよ、タケモトが嘘ついたの……」


 姉妹の会話はまだ長くなりそうだな、と思い、ふとクレイグに視線を移した。こいつを強引に下男にさせたのは人手不足故なのも本当たが、おおむね動向を監視するためだ。あとは、少しは人と接するようになれば捩れ拗れた根性も直るかもなんて期待を抱いたかりだ。


 そんな経緯で下男にまで身を落とした吸血鬼は、なにやらボーと呆けており。


「すいません、そこの君!」


 広間の掃除を中断して姉妹の間に割って入っていく。


「名前を……」


 真っ直ぐに姉の方を見つめて言った。対してクレアは、突然の事に目を丸くして。


「私? クレアだけど」


「そ、そうですか! 僕――俺はクレイグって言うんですけど……」


 なにやら頬を染めて一人称を"俺"に変えるクレイグ。無慈悲にもレティシアは突っ込みを入れる。


「何ですか? クレイグさん、俺って」


「レティシアさんは黙ってて。今は――」


「――悪いな、クレイグ。今はレティシアと話してるんだ」


 キッパリとしたクレアの物言いに出鼻をくじかれたクレイグは、トボトボと元の位置に帰っていく。まさかとは思うが、一応聞いてみることにした。


「おい、クレイグ。お前まさかクレアに一目惚れとか……」


「はぅ、なにを言うんですかぁタケモトさんは!」


 余りの露骨さに芝居ではないかと疑うも、テンパり具合が尋常ではなく本気なのだと分かってしまう。


「なんだそのテンパり方は。嫁が居たこともあったんだろ?」


「五百年も前の事ですよ! 女性と関わった事なんてここ五百年間に一度も……」


 なんで歳月が経って寧ろチェリーボーイに逆行するんだよ、と問い詰めてやりたがったが、これ以上は吸血鬼の沽券に関わりそうなので、遠慮しておいてあげた。


「まぁ、頑張れや……」


 クレイグの態度が意外すぎて、うまい台詞が思い浮かばなかった。鈍感かつ妹第一主義なクレアに挑むなんて険しい道になるだろうな、と思いつつ、悩ましげな表情をしながら掃除に勤しむクレイグを見て、ククク、と意地の悪い笑みを浮かべてしまう。


 騒がしい日だった。

 屋敷がこんな賑やかなのは初めてではなかろうか。


 ともあれ、屋敷にはまた新しいアンデッドが一人住み着いた。

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