才能
初日は屋敷中を歩き回っただけで特に収穫もなく、のんびりと終わった。どうやら食事が必要なのは俺だけみたいだった。家主と執事と少女は人間ではなかったらしい。また心細いことに、日が暮れる前にフィオナは帰ってしまった。
しかし、意外にも、屋敷の住人と多くはないが会話を交わせたり、彼らも浴場は使用していた所に人間味と言うか親近感を感じられて、センチメンタルな気分になるのは避けられた。
たった一日の間に、彼らは忙しなく屋敷の出入りを繰り返していた。当然、それだけが原因とは言わないが、彼らと話が出来なかったのはそんな理由もあった。
一つ溜め息を吐くと、ベッドに沈む。静かだ。外出先なのに意外とリラックス出来た。疲れていたのか、瞼を閉じると抵抗なく深い眠りに落ちた。
*
早朝。キリッとした空気を肌で感じる。
目を覚ますと、慣れない部屋に戸惑いつつ身嗜みを整えて扉を開いた。
「おはようございます」
「へ? あ、おはようございます」
扉の前で、箒を片手にクレイグが挨拶をしてくる。急すぎて驚いたが、なんとか体裁は保った。
「それじゃあ、お願いしますね」
「え?」
手渡される雑巾とバケツ。これは何だと視線を返すと、
「居候するんでしょう。だったら僕と同じじゃあないですか。はい、さっさと働きましょうね」
笑顔でそう告げるクレイグ。
――こいつ、本気だ。
それにしても、クレイグは居候だったのか。フィオナもかつては居候だったと言うし、一体何がどうしてこんな所で居候をしているのだろう。人の事を言えないが。
「仕事が雑ですねぇ。そんなんじゃ掃除する意味が無いですよ?」
俺は何をしているんだろう。
残念ながら、仕事に忙殺されて結論を出す暇は無かった。
*
仕事が一段落して、と言うか、仕事の合間に暇を貰って屋敷の庭にてパンを噛っている。やはり庭も大きい。セルニーでこんなに敷地を持っている家なんてそうないだろう。
「よく働くなぁ」
せっせと魔法で庭の手入れをするクレイグを見ながら呟いた。それにしても、あんか魔法は初めて見た。半端じゃない技量が必要な魔法だと素人目でも分かるのだが、彼は何者なんだ。
現在、タケモトとレティシアは屋敷に居ない。クレイグと俺しか屋敷には居ない。なんでも彼らは忙しい。俺がこんな事をしている合間にも裏で何かしているのだろう。
最後の一口を頬張ると、水筒の水を一口。先輩下男の元へと走った。
「クレイグ」
「次は落ち葉を掃いて――」
「あまりにもナチュラルに命令されたから、ずっと言えなかったんだけど、なんで俺働いているんですかね?」
「働かないとお金が貰えないからじゃないですか?」
お金出るのか。
だったらやってもいいかな、と考えるも、それでは前と同じ。俺はどうしようもない現状を変えたくてここに来たのだ。
「いや、そうじゃなくて」
「……はいはい、分かりました」
俺が何をしたいのかは知っていたらしい。
仕方ないな、と言わんばかりに胸を張って、
「僕が教えられるのは魔法くらいしかないんですが、都合よく君は魔法を教わりたいんでしょう?」
ゴクリと唾を飲みコクりと頷くいた。
意外にも、丁寧にクレイグはレクチャーしてくれたのだが、残念な事に、俺があんまりに残念だった。残念な奴だったのだ。
「うーん。才能無いですね」
*
「あれ、お前何してるんだ?」
夕暮れ時、若干絶望感に呑まれながら黙々と部屋の掃除をこなしていると、いつの間にか帰ってきたのかゾンビ、もといタケモトが声を掛けてきた。それにしても、この世界で懐かしい名前を聞けるとは。感動を捨て置き、問いに答える。
「えっとクレイグの手伝いですね」
「あの野郎……。一志は客なんだし、そんな事しなくてもいいんだぞ?」
あの野郎、と俺も罵りたいところだが、魔法を教えてくれたり話を聞かせてくれたりしている訳で、それに子供っぽい容姿とあの性格が加わって、なんだか憎めない。
「いえ、無償で泊めてもらっている身ですから」
「そか。……と、そうだったな。遅れたが鍛えてやるよ」
「その件なんですが、俺、魔法使えなさそうなんですよね……」
申し訳ないと言うか情けないと言うか。続けて、「だから明日には帰ろうかと思います」と言おうとしたが、タケモトはそんな事かと俺の台詞を断った。
「いいから付いてこい」
夕日の差し込む廊下に長い影を伸ばしながら俺は、ゾンビは歩く。空いた窓から虫の音が聞こえてきた。穏やかな風だ。季節を感じるなんて、いつぶりだろうか。
連れ出されたのは、屋敷の庭だ。時間が変わるだけで、庭の雰囲気や景色も全く違って見えた。何故だろう。ふと、胸が高鳴っていることに気付いた。これは何だ。恐怖や緊張じゃない気がする。長らく忘れていた感覚だ。心が跳ねて、引き締められて、ウズウズする。
――まさか、興奮? ワクワクしているのか?
異世界に来てから、いや、それ以前もあまり無かった気持ちだ。
「覚悟は出来たか?」
「はい、よろしくお願いします!」
「それじゃあ、お前が魔法を使えない理由を話そう」
曰く、魔力が極端に少ないから。適性が低いから。
たった二つの理由だが、それだけで魔法使いへの道は断絶。扱える魔法なんて無いそうだ。また、回復の見込みは無い。
魔力が少ないのも、適性が低いのも当然だ。なにせ俺はこの世界の人間じゃないのだ。寧ろ、少ないとはいえ、自分の体に魔力が宿っている事が驚きだ。
元々ゼロだった魔力量が、体外の環境の影響で僅かに増した、とかなんとか。
「――以上の事から、今後の人生でお前が魔法を使える日は来ない」
「え、なんとかなるんじゃないんですか?」
「いつ俺がそんな無責任な事を言ったんだ」
「あれぇ?」
やっぱり帰ろうかな、と九割増しの絶望に退却が脳裏をよぎる。
「だがしかし、ここで一つ但し書きを着ける」
「――ッ」
「死ぬほど痛い目に合うが、一つだけ教えられる魔法がある」
「やります」
「……途中で待ったは無しだぞ?」
「やらせて下さい」
即答だった。間を置いてしまえばノーを言ってしまいそうだったから。その点、中断という選択を消してくれたのはありがたい。
「分かった。それじゃあ、早速やろうか」
ふふん、と彼は笑った。多分、こうなることを、俺が乗ってくることを期待していたんだと思う。
「歯食い縛って受け身を取れ」
衝撃と共に天地が逆転した。
仰天した後は冷静になって激痛と対峙する。
「いってぇぇぇええ!!!」
何も異変は無かったが、確かに胸部に衝撃を受けた。
魔法か? 涙を溢しながら、加速する思考で状況を把握しようと――
「二」
スッ転んだ体を起こそうとして、再び衝撃と激痛とが。その理不尽な事態に混乱と一つの理解を得た。
――なるほど、これがさっき言ってた……
「マジで勘弁してくだ……」
「三」
「ああぁぁぁあッ」
終わることの無いタケモトのカウントは、騒ぎを聞き付けたレティシアが止めに入るまで続いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます