フィオナ
ある晴天の日の屋敷の広間にて。
それぞれ気ままな面持ちでテーブルに着く三人がいた。
因みにクレイグは仕事中だ。
「あの兄妹がセルニーに来たのは、一月前くらいだったな」
そう切り出すフィオナの口調は楽しそうな物ではない。苦々しいというか、吐き出すかの様な印象がある。
「はじめて会ったときはムカつく奴等だと思った。一日生きるのに精一杯のオレと違って恵まれた環境で育てられたんだろうな。いい服着て丁寧な言葉吐くってのに、路頭に迷ってたんだ」
セルニーは人種や規制、交通まで複雑だ。発展前から居た俺でも混乱したのだ。新参者が溶け込むまでざっと一月くらい掛かるのではないか。
「色々あって助けてやる事になったんだ。で、何しに来たんだって聞いてみると、なんでもスゲエ額の借金を返済するためにセルニーまで来たって言うんだ。ふざけんなって思ったぜ。そんな上手く行くわけねえ。……まぁ、後から聞いてみれば、それはと
この都市で生きるためには、住居と能力があればいい。なぜなら仕事は多いから。では、大金を得られるほど成功するには。求められるのはさらなる能力と運と人脈と健康、もしくは権力だ。
しかし、抜け道がある。単純に腕っぷしと度胸だけで大金を得るチャンスがあるのがここセルニーであり。
「あいつらが選んだのはダンジョン探索だ」
当たり前だが、セルニーには賭博場はある。しかし最も人気があり掛金が高いのは、ダンジョンだ。どれだけ実力があっても命は奪われるし、偶然、新入りが宝を見付けてしまうこともある。運が全て。ダンジョン探索は命を掛金に乗せたギャンブルだ。
「……それで、お前はその兄妹を手伝ったのか?」
「そうだ」
「……なぜ?」
今の噺の流れではフィオナは兄妹を嫌っている。ならば助ける道理が無いように思えるが、もし彼女に心情の変化があったのなら。
「そんなん決まってる。あいつらが大好きだったからだよッ」
そう言って下を向く。先程の、彼女にとっての醜態を繰り返さないために。しかしそれは、俺に少なからず刺激を与えていて。
言葉が足らず詳細は分からないが、大まかに分かった。借金を抱えた兄妹がセルニーにやって来てフィオナと出会い、なんだかんだ三人は親密な関係になった。そして協力しダンジョン攻略を始めた、と。
「なるほど。しかしよく三階層まで行けたな」
「……ああ。兄妹の妹の方が幻影魔法を使えたんだ。でも――」
――でも、前例があったが故にそれは対策されてしまっていた。
二階層の魔獣、コントンの嗅覚。
三階層の水場という地形。くまなく監視するリザードマンの群れ。
レティシアの透過能力以外は受け付けない無欠のダンジョン、第十三迷宮セルニー。
おそらく、コントンに逃げるのに必死で帰還が叶わず、崖に転落。その後リザードマンになぶられたと言った所か。
「大変だったな」
「んだよ、分かった風な口利きやがって」
レティシアの様にはいかないな、と。本題に入ることにした。
「ところでその兄妹の名前、分かるか?」
「分かる、けど教えないって約束だ」
話すべきか暴くべきかと一考するが、俺の予感が正しいのなら間違いなく真っ先に彼女は知るべきだ。
「アルフェードとフラニー、だったりしないか?」
「ッ……お前!」
「そうか……じゃあ、
「まて、それより何故二人を知っている?」
「後でちゃんと答える。というか、答えてもらわないと俺も喋る事は出来ない」
悩む素振りを見せつつも、時間を置かずに。
「聞いたってだけの話だが、ヤバい奴らしい。狡猾に国の権力を行使する奴で……アノニアス教団とも繋がってるとか。オレが知ってるのはこれくらいだ」
「確定だな」
俺の中で一つの確信が芽生えた。これは偶然だろうか。俺にとっては必然だとしか思えない。
「確定ですね」
と、レティシアが頷き返してきて。続けた。
「私達もそいつを追っていて、つい先日手掛かりを掴みました。待っていて下さい、フィオナに代わって仕返ししておきますから」
*
日が落ちた。
決行の時である。
兼ねてから調査してきたとある犯罪者――シオン。公的には犯罪者どころか、貴族――それも発言力を増してきた家の。さらにもう一つステータスがある。とある組織、俺の憎むべき敵であるアノニアス教団の一員なのだ。
いや逆か。アノニアス教団の勢力を背景に発言力を強めた人物だ。
アノニアス。その名は教団の称号としてよく知られているが、これが本当に意味するのは――かつて、大昔、ダンジョンが生まれる前に、生まれでた人々を蹂躙した怪物の名である。
アノニアス教団の祈願、それはダンジョンを破壊しアノニアスを再び地上に呼び起こすこと。
本来ダンジョンに現れる筈がない剣聖レオナルドを派遣させたのはシオンである。
「お前、本当に来るのか?」
「あたりまえだぜ。仇討つチャンスなんだぞ?」
シオンの行動を調べていると見えてきた事実。彼の仕事は、ダンジョン攻略に対し批判的な意見を述べる人物を処罰すること。いざとなれば教団の力を借りて全てを白紙にしてしまう。アルフェードとフラニーはその被害者だ。両親が没落させられ、その際に負った借金がそのまま兄妹にのし掛かったのだ。
証拠を残さず、非常に慎重なやり口だ。
――だから奴の元まで辿り着くのには苦労した。
セルニーに巣食う闇はこれに留まらない。しかし、俺はアノニアス教団だけは潰さなければならない。
「……守りきれるか分からないぞ?」
「舐めんな、オレは冒険者だ」
仕方なく折れておく。
最後の準備だ。
部屋へ戻りローブと仮面を身に付けて。新装備の籠手――黒く金属特有の光沢を纏うそれを装備する。
広間に戻るとフィオナしかいない。レティシアは工作の為に先に行っている。クレイグも仕掛けをしてもらっているが、そろそろ帰って来ないと俺は動けない。
「おい、クレイグまだか?」
そう声を掛けた矢先、窓から一匹の蝙蝠が。
「ふぅ、なんとか終わりましたよ」
「おう、お疲れ。それじゃあ次行こうか」
そう、次だ。休んでいる暇はない。クレイグ、顔をしかめても無駄だ。シオンは用心深く、こちらの手勢は四人、微々たるミスも許されない。
その夜、一匹の蝙蝠とゾンビと冒険者とレブナントが、闇夜に紛れて動き出した。
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