中断

 煌めく水晶に囲まれて。歩く度にパリンパリンとガラスみたいな音が鳴った。音はあちこちから聞こえる。遠く、近く、上下から。


 その正体はゴーレムだ。

 六十階層から先はゴーレムの縄張り。俺が作る様な土くれではなく、透き通る結晶で造られた強力なゴーレムだ。


 少女を横抱きにその危険地帯を走り去る。後ろに続くクレイグの幻影魔法によって姿は誤魔化してはいるものの、走りながらだとボロが出た。集中出来なくて音まで消せないのだ。


 それでも走る。

 音を置き去りに。

 血眼になって姿を暴こうとするゴーレムを出し抜いては、走った。


「タケモト君!」


 こちらを認識したゴーレムの拳――

 体を前に倒して、失速せずに回避。


「クレイグ、無理してんなら幻影魔法はもういい」


「んじゃあ、どうするんですかッ?」


「走れ」


 瞬間、周囲にいたゴーレムが侵入者を排除しようと攻撃体制をつくる。それでも追い付けない。常に最速を保てる疲弊しないゾンビと、怪力を持つ吸血鬼には到底及ばない。


 また、エルフィリードの道案内のお陰で地形やギミックを活用できるため、快進撃を続けるこの二人を止める事が出来るゴーレムは――いや、触れる事が出来たゴーレムはついぞいなかった。





 地面を透過するのは、いつになっても慣れない。一歩間違えれば二度と地上へ帰ってこれない恐ろしさと、この世の神秘に触れている様な高揚がある。


 確か、最下層は六九階層だと言っていた。


「着いたっ!」


 そこは今まで通過してきたダンジョンの姿と比べると、あまりにこじんまりとしていた。背後には、侵入者を阻む意義を為せなかった巨大な扉がある。


「えっと」


 見渡す限り、がらんとした空間と一つの棺があるだけだ。まさか、と思いつつ棺の蓋を開けてみると、


「エルフィリード?」


 そこには眩しそうに目を開閉させる見覚えのある少女がいた。しかし、良く見ると手足は棺の底と一体化していて。


「なんだい?」

  

 平然と返答したエルフィリードに、思わず安堵する。

 

「それって大丈夫なんです?」


「うん、むしろ居心地が良いくらいさ。でも移動するのならここから出ないとね」


 彼女は首だけ動かして部屋の壁の方を差す。


「ちょっとあそこに触れてみてくれないかい?」


 言われるがままに、壁に手を当てる。

 ストンと手を当てた部分が抜け、かと思うと部屋中が変容した。びっしり本棚が敷き詰められた壁が姿を表し、部屋の中央には台座に乗る水晶が出現した。


「それで……十三段目の右から八札目の本を取って」


 梯子を登ってその本を手に取る。中には見たことの無い文字がビッシリと記されており、


「翻訳は口でするから、記される通りに魔力を組んでね」


 中身は一切解読出来ないが、これは魔導書なのだと直感で理解した。多少魔法をかじっているレティシアでも、己の知る魔導書とは根本から違い、困惑する。


「本来は、わたしの分身にやって貰う物なんだけどね。さぁ、一時間で済むかは君次第だ。急ごう」






 俺は六十八階層の大扉付近で立ち止まっていた。クレイグの幻影魔法のお陰でゴーレムはこちらに気付く素振りも見せない。


「幻影魔法か……盲点だったよ。ダンジョンを再興する時気を付けよう」


 エルフィリードが呑気な事を言うのも、化け物を追い抜けたからだ。現在、化け物は六七階層の攻略に当たっており、先に辿り着いた俺は待ち伏せをしている。


 扉の向こうにはレティシアがいて、彼女はエルフィリードの救出を試みている所だ。どうやら佳境に入ったようで、エルフィリードの「邪魔して欲しくない」との意見を受けて扉は開いていない。

 

「もう、一時間経ってたのか……」


「いえ、まだ三十分と少し位ですよ」


 何か遠くから炸裂音がして、それはどんどん大きく――近付いてくる。ついに化け物の素顔が拝めるのか、と待ち構えていると。ゴーレムが、地面に摩れながら吹っ飛んで来た。


「おかしいな、どうして君達がここに?」


 ゴーレムの頭を足踏みにして白装束の青年がひょっこり姿を見せた。


「こいつ、本当に人間かよ」


「見ての通りだよ。まさか、ゾンビに人間か疑われる日が来るとはね」


 見ての通りにとなると、ダンジョン最下層を守護するゴーレムを足蹴りする化け物となるのだが。


「単刀直入に、帰ってくれないか?」


 どんな返答が来るかは想像に容易い。だが、こちらに驚異を覚えて撤退してくれるのではないか、という一縷の望みに。


「それは出来ない」


 バッサリと希望を切り裂く化け物の一言。こうなると、逃げたいのはこちらの方だ。


「僕はダンジョン調査の任を受けて来た。それに、吸血鬼が目前に居ると言うのならとして見過ごせない」


 信じられない事が幾つか起きている。

 今更の事だが、幻影魔法が看破されていること。クレイグが吸血鬼であると直ぐに分かったこと。ゾンビ相手に平然としていること。何より、目の前の人間が剣聖を名乗ったこと。剣聖レオナルド。それは英雄の称号だ。


「ダンジョン攻略はもう少し待て。あと、この吸血鬼は改心してる最中なんだ。見逃してやれないか?」


「待って下さいよ。僕はあんたに守られるほど落ちぶれていませんよ?」


 と、好戦的な姿勢を露にするクレイグ。俺は「まぁ待て」と宥めて理知的な態度の剣聖をどうにか出来ない物かと考える。


「改心、か。それでも難しい話だよ」


「もしお前がクレイグを殺すつもりなら、俺は全力で阻止させてもらうぞ」


 会話して時間を稼ごうなど色々考えるが、結局程度の低い脅しを試行した。


「本当に珍しいゾンビだね。この間見たとき君達は争っていたと思うのだが」


 ――見ていたのか。

 

 これで剣聖がやけに平然としている理由が分かった。


「ああ。だがお前は関係ない。この一件は俺に預けさせろ」


「そういう訳にはいかないんだ。悪いけど――」


 彼は腰の剣を抜くと、


「いくよ」


 来た。


 クレイグも剣を抜いて前へ出る。二枚の刃が合わさったかと思うと、再び引き離され、目に留まらぬ速さで刃は二撃三撃と重ねられる。


 やはり剣技となるとクレイグは不利であり、すかさず灼熱の剣ラヴァスパーダで斬りかかる。


 ――英雄相手だ。二人がかりを汚いとは言わせない


 俺の戦いを見ていただけあって、剣聖は受けずに身を捻って避けた。当然無理な回避をすればバランスが崩れる。隙を見逃さずにクレイグの剣が剣聖を襲う。


 驚くべきことに、それはサラリと避けられ、寧ろこちらへカウンターが入る。振り抜かれた神速の二太刀は、俺とクレイグを確かに捉えた。


「マジですか」


 とはクレイグの言。

 勿論二人とも傷は即時癒えるが、剣聖の圧倒的な力を見せ付けられ唖然とする。


「それはこっちの台詞だ。どうしたら君達を葬れるんだい?」


 クレイグに意図を込めた視線を飛ばすと、特攻。援護射撃――二つの火の玉が剣聖に降り注ぐ。バックステップで軽々と避けられるが、続く俺の剣。それよりも速く放たれる英雄の閃きに、気付くと吹き飛ばされていた。


「本当に不死身みたいだね……」


「ああ、そうだよ。諦めたらどうだ?」


 傷を瞬時に癒してしまうゾンビの姿に、流石の剣聖も感嘆する。悔しさに似た感情から思わず漏らした戯れ言を、


「ああ、そうだね」


 肯定した。


「――んッ?」


「いや、君達が本当に人々にとって害なのか、まだ良く分からなくてね。少なくともゾンビ君は違う様に見えるが」


 俺が剣聖の立場にあったとして、果たしてゾンビを理解しようとしただろうか。英雄の度量の大きさに、思わず感服する。


「……タケモトだ」


「覚えておくよ。それじゃあ、また会おう」


 そう言い残して剣聖レオナルドは去っていった。張り詰めていた空気が緩和し、ついホッと一息つく。


 タイミングよく背後の大扉が開かれた。中からはフラフラのレティシアが出てくる。続いて恐る恐る現れたエルフィリードが、こちらを見てなんとなく状況を把握したのか、ゆっくり小さく微笑んだ。

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