五章 セルニー編

プロローグ

 第八迷宮エルフィリードの崩壊。

 代わるようにしてアナトリア王国辺境の地に出現、発見された"第十三迷宮セルニー"の存在は、世界中の興味を一身に浴びた。なにせ、いままで十二個のダンジョンが存在し、それが減ることも増えることも無かったのだから。


 言うなれば、十三番目のダンジョンは異質なのだ。


 人々は異質なそれを避けるだろうか。

 ――否だ。


 好奇心に欲望に絶望に。様々な思いを抱えた世界中の冒険者や商人、流れ者に奴隷、はたまた権力者が集った。ダンジョンの調査はすぐに進み、出没する魔獣は強力で、且つダンジョンに眠る秘宝は、他のダンジョンと比べて圧倒的に価値が高いことが判明した。


 そうなればダンジョン周辺の環境は当然変容する。人と金と夢が集約し、発展に発展を重ね、そこにあった農村は町になり、一年と少しで都市となった。付けられた名はセルニー。


 迷宮都市セルニー。そこは、アナトリア王国――いや世界で最も勢いのある都市だ。





 全ての人間を堂々と受け入れようとするダンジョンの大穴。

 入ると同時に、空気が変わった。


 巨大な木の根が無数に張り巡る事で構成された迷宮。断崖絶壁がそこら中に存在し、侵入者の命を奪い取ろうと襲いかかる魔獣がわんさかいる。アイアンゴーレムだ。彼らは侵入者に対して一切の手加減が無い。中堅の冒険者でも簡単に屠られる強力な個体だ。


 一層のコンセプトは、ダンジョンに入る資格がある人間を厳選する事にあるのだろう。


 それを裏付ける様に、二層からは際立って強力な魔獣は確認されていない。二層は狼の姿をした魔獣――コントンの縄張りだ。勿論、警戒は必要だ。群れに襲われると成す術なく惨殺される事になる。


 続く三層が、未だに調査が終わっていない階層だ。下への階段も見付かっていない。その原因は、三層の地形に小さな変化が生じた事だ。木の根を滴り、あちこちを流れる水。大した量はない。多くても膝が浸かる位だ。木の根や岩場を足場にして進める場所もある。


 だが、三層に住み着く魔物――リザードマンが水と相まって邪魔になった。知性があり、沼や水場で大きな力を発揮するリザードマンは、数多くの冒険者を殺し、ある時は捕らえ、武器防具を増やしさらに強力な敵へと変わっていった。


 それでも冒険者が歩みを止めないのは、抑えられない探求心、そしてダンジョンの資源を求めるからだ。


「だからってな」


 視界がブレて。衝撃と痛みが頭を襲う。オレは、抵抗する気力も体力もなくリザードマンにリンチにされていた。ふと、耳に届くのは幻聴みたいに遠い声。


「身の程を弁えないのは愚かだぞ」


 痛みがゆっくりと消えていく。こちらを見下ろすのは覆面の男だった。背中を追ってくるリザードマンの姿はやがて見えなくなる。


 ――ああ、オレ、脇に抱えられているのか


「……泣くなよ」


 言われて気づく。泣いていたのか。 

 多分これは、仲間を失った辛さからの涙ではない。死ぬかと思って、死にたいと思うほど苦しい目にあって、救われて。安堵して泣いているのだ。そんな己の汚さに耐えられなくて、今度は声をあげて咽び泣いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る