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「うん。クレムには悪いけれど、君がテオの妃になってくれて、本当に嬉しいよ。できの悪い弟だけど、これからよろしくね」


 言いながら、フィルはルースの頭をくしゃくしゃとかき回した。


「俺は、お前の弟になった覚えはない」


 フィルの手から逃れたルースは仏頂面になったが、心底嫌がっている様には、アディには見えなかった。


「そうだったの……」


「ほらアディ、これから陛下にお会いするのでしょ? ちゃんと身だしなみを」


 フィルがアディの胸の乱れたリボンを直そうとすると、その手をルースが払った。


「俺がやる。勝手に触るな」


 フィルは目を丸くすると、嬉しそうに笑った。


「はいはい。じゃあ、僕は後始末をしてくるから。……テオのそんな顔、久しぶりに見たよ。たしか前に見たのは、怪我をした小鳥を拾った時、誰にも触らせずに世話をしてた時の」


「フィル!」


 ルースに睨まれて、笑いながらフィルは部屋を出ていった。いつの間にか、部屋の中にはルースとアディの二人だけだ。


 アディは自分の胸のリボンを結び直しているルースを見上げる。めがねをしていないし髪も撫でつけてない。見たことない姿でも、やはりそれはルースだ。そうやって見ていると、姿かたちはフィルにとてもよく似ていた。


「なにか、お聞きになりたいことでも?」


 アディの視線を感じたのか、執事の口調でルースが言った。それは、ここへきてから毎日聞いてきた声だ。


「……あなたは、誰?」


 見上げてくるアディに視線を合わせると、ルースは口もとだけで笑った。


「もうわかっていらっしゃるのではないですか?」


「あなたの口から聞きたいのです。あなたの本当のお名前と……なぜ、こんなことをしたのかを」


「もしかして、怒っておられるのですか?」


「もしかしなくても、怒っています」


 ぎ、とアディは目の前の青年を睨みつける。


「何が、あなたの執事だった最後の思い出、ですか。今日、こうして私があなたに会うことがわかっていたくせに言いましたね?」


「執事はもう廃業しましたので、嘘は言っていません。だいたい、この私が、狙った獲物をやすやすと手放すわけないでしょう」


 アディの怒りなどまったく意に介さない様子で、ルースはリボンを直し終えると彼女を見つめた。


「あなたは私のものです。誰にも渡しません」


「一体、どういうことですか……!」


「あなたがこの王宮にいらっしゃる前、私は、あなたに会いに行きました」


「私に?」


 初めて聞く話に、アディは怒りも忘れて目を丸くする。けれど、アディはルースに会った覚えがない。


「実際に会うことはなかったのですが、遠くからお見かけしておりましたよ」


 なぜかルースは、意地悪そうに眼を細める。


「あなたに限らず、王太子妃候補に挙がった女性は全員、私が直接この目で確かめに行きました。他の令嬢はだいたいどこかのパーティーに行けばお会いすることができましたが、あなたはパーティーにもサロンにもいらっしゃらない。しかたなくこちらから街へと降りてみれば、当のあなたはすっかり街に溶け込んでおりましたし、挙句の果てに暴漢に飛び蹴りを食らわせてるし……」


「え?!」


 思い返してみれば、アディには心当たりがあった。ありすぎた。

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