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もしかして断ってもよかったかな、とアディは少しだけ思うが、たとえ一時とはいえ王太子妃になったことがあるとなれば、後々の弟のためにも大きな影響力となれるだろう。
まあいいか、とアディがのんきに考えている間に、馬車は大きな建物へと近づいていった。
「アデライード・モントクローゼス伯爵令嬢様、お着き!」
衛兵の声がかかると、門の前にいた使用人たちが一斉に礼の姿勢になる。その様子を遠く馬車の中から視界にいれたアディは、ぎょっとして目を向いた。
「わあ、すごい数ですよ、お嬢様」
同じように馬車から外を見ていたスーキーが言った。
(こ、こんなにたくさんの人……)
アディの住んでいたロザーナの街も決して小さくはなかったが、やはり首都と比べるとその規模は雲泥の差だ。地元で見る貴族たちが持つ使用人の何倍もの数を目にして、アディはさすがに緊張する。
馬車が静かに止まった。開けられた扉から、アディは目の前の建物を見上げる。思ったよりこぢんまりとしていたが、白い石造りが日に輝いて荘厳なまでに美しかった。
キリリシア王国首都キリノア。ここは、その国王の住まう王宮だ。
視線をおろせば、そこには王宮に勤める執事や女官、メイドたちが、未来の王太子妃(かもしれない)アディに対して最上級の礼をとっている。
「お待ちしておりました。アデライード・モントクローゼス様」
馬車のすぐわきに控えていた王宮の執事が、アディのために手を差し出す。年頃の令嬢らしく扇で顔を隠したアディは、演技ではない緊張で震えながら、目の前に出された執事の手をとって馬車のステップに足をかけた。
「きゃっ……!」
ところが、ステップを踏み損ねて、アディの体が大きくかしいだ。どうやらまだ足がしびれていたらしい。
なにせ馬車などめったに乗らないのだ。普段からこんなに長い時間おとなしく座っていることなどないアディの体は、かちこちに固まっていた。
大勢の前で無様に転げ落ちる自分を想像しながら、アディはぎゅっと目をつぶった。
と、その体が途中でふわりと止まる。アディが目を開けると、先ほど手を取ってくれていた執事がアディを抱き留めていた。
「大丈夫ですか?」
落ち着いた声がアディの頭の上から落ちてくる。
おそるおそる顔をあげると、黒縁のめがねの向こうにあるアイスブルーの瞳がアディを見つめていた。
若い執事だった。濃い金髪をきっちりとなでつけた姿は、おそらく二十代半ばか後半くらいだろう。切れ長の目は、彼の有能さを物語るように知的な光を宿している。わずかに笑みを刻む薄い唇もきめの細かい頬も、あまり美醜にはこだわらないアディでさえ美しいと思わされるほど整っていた。
(まあ。なんて素敵な執事さんなのかしら)
アディはその瞳に吸い付けられたように目が離せなくなる。
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