第六章
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アディは、鏡に映った自分をしげしげと見つめる。
「お美しいですよ、アデライード様」
スーキーは、感極まった様子でその姿を見つめている。心なしか、目が潤んでいるようだ。
「……しばらくひとりにしてくれる?」
「緊張しておられるのですか?」
心配そうにのぞき込んでくるスーキーに、アディはぎこちない笑顔を返した。
「そうね。さすがの私でも、陛下の前に出るとなると緊張するみたい」
「では、あとで冷たいレモネードをお持ちしますね」
スーキーは、アディが王太子妃に決定したことを喜んでいると思って疑いもしない。そんなスーキーの笑顔を見ているのは、今のアディにはつらかった。
部屋を出て行くスーキーを見送って、アディは深くため息をついた。息苦しさを覚えて、開けられた窓から空を眺める。
目の前には、抜けるような青い空が広がっていた。憎らしいことに、雲一つない。
「しっとりと雨でも降っていればいいのに」
ぼんやりと呟いた。
アディは今日、国王陛下から正式に王太子妃としての勅令を受ける。けれど、その胸の中にいるのは、アイスブルーの目をした黒い影だ。
忘れなければならない。そう思えば思うほど、彼の人の影は鮮明に胸に浮かんでしまう。
いつの間に、こんなにも彼のことを思うようになっていたのだろう。
気がつけばまたうつむいていたアディの目に、きれいに刈られた芝が目に入った。その芝が、ぐにゃりとゆがむ。
自分が泣きそうになっていることに気づいて、アディはあわてて顔をあげた。ぴしぴしと自分の頬を叩いて気合を入れる。
どうせ最初から政略結婚というのはわかっていたことだ。ただ、ここへ来た時と違うのは、あの時とは違う気持ちをアディが持ってしまった、ただそれだけ。
でも、それももう、他ならぬ本人によって結末を迎えてしまった。
「これで、よかったのよ…」
アディが王太子妃、いずれは王妃となれば、ランディが継ぐモントクローゼス家も安泰だ。そしてそれこそが、アディの望みだった。
だが。
気持ちの整理をつけることができずにアディがぼんやりと窓の外を見ていると、こんこん、と扉をたたく音がした。
「はい」
あわてて目元をぬぐって振り向いたアディは、はっと体を硬くする。
部屋に入ってきてすばやく扉をしめたのは、執事の格好をした男だった。初めて見るその男の手には、短刀が握られている。
「誰っ……!」
男は、何も言わずに間合いを詰めてくると、いきなりアディに向かって短刀を繰り出した。
「……!」
突然の出来事に、アディの足がすくむ。目の間に突き出された刃を見て、とっさにアディはきつく目をつぶった。
(刺される!)
「アディ!」
と、そんなアディを呼ぶ声、そして鈍く何かを打つ音、聞いたことない男の悲鳴が一瞬のうちに重なって聞こえた。
ゆっくりアディが目をあけると、目の前には白い服を着た青年の後ろ姿があった。ふわりと金色の髪がなびく。
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