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「どうしてそうなるのです?!」
「いけませんか?」
「いいわけないでしょう!?」
「そうですね。せっかく王太子妃になれたのに、ここでただの執事に純潔を奪われるわけにはいきませんね」
急に言われたアディは、一瞬その意味をとりそこねた。そして、気づく。
エレオノーラがいなくなり、ポーレットが捕縛された今、王太子妃候補として残ったのはアディだけだ。
このままなら、アディは王太子妃として決定する。
「私……」
ルースは、ゆっくりと体を起こして、アディの手をとると彼女を立たせた。
「私の主となられる方に、大変失礼をしました」
アディは、起き上ってルースが離した自分の両手を、ぎゅ、と胸の前で握りこむ。だめと言ったのは自分なのに、どうして離された手を、こんなに寂しいと思ってしまうのだろう。
「私……私が、王太子妃となってもいいのですか?」
なぜか落ち着かない気持ちで、アディは聞いた。
「それが、あなたの望みでしょう?」
ベッドの脇に立つルースは、先ほどまでの激情は露ほども残さずに静かにたたずんでいる。
「……自分のものになれ、と言ったのは、冗談だったのですか?」
場違いな質問だということは、アディ自身もわかっている。それでも勇気を出して問いかければ、ルースは平然と言った。
「候補というお立場のご令嬢でしたら、手を出してもそれほど罪にはなりません。決定権は私にあるのですから、あなたを王太子妃にしなければいいだけのことです。ですが」
ルースは、視線をそらしたまま続けた。
「妃になることが決まってしまったら、あなたは私の主です。過ちを犯すことなどできません」
「では、あの言葉は本気ではなかったと……?」
「もちろん。誘ったのは、単なる遊び相手として、です」
ぱしっ!
アディの右手が、思い切りルースの頬を打った。ルースはよけることもしないで、アディの怒りをその身に受けた。
「わかりました。あなたに言われたことは、すべて忘れます。あなたも、今後はこのような不埒な振る舞いは決して誰にもしないでください」
「かしこまりました」
アディの目に、涙が溢れた。
なぜ涙が出るのか……アディは、もう自分の気持ちを自覚せざるを得なかった。
意地悪な言葉も、守ろうとしてくれた硬い腕も、覚えさせられた彼の匂いも。
そのすべてを愛しいと感じた。おそらくそれらをすべてひっくるめたものが、誰かを恋うる気持ちなのだろう。
だが、自覚したところで今さらどうにもならない。
アディの頬を伝う涙を、ルースはそっと指でぬぐう。
「私がレッスンをしたのです。あなたは、立派な王太子妃になれますよ」
「こんな時ばかり……優しいことを……」
「私はいつでも優しいですよ? ですから、必要なことは全てお教えしたつもりです」
「こんな気持ちまで教えてなんて、頼んでおりません……!」
あくまで気の強いアディに、ルースは、ふ、と笑った。
「それもそうですね。では、余計なことをもう一つ」
「なんですの?」
「キスの仕方です」
目を丸くしたアディに、ルースはそっと顔を近づける。あわてて離れようとしたアディの腰を、ルースは強引に引いて抱きしめた。アディは、き、とその顔を睨む。
「今、不埒な行いはしないと言ったばかりでしょう? 過ちは犯さないのではなかったのですか?」
「そんな顔を私に見せたあなたが悪いのです。なに、黙っていればわかりませんよ」
「私は殿下に報告しますよ?!」
「他の男とキスしたことをですか?」
ぐ、とアディは言葉につまる。言えるわけがないことをわかってそう言うから、この執事はたちが悪い。
少しだけ、ルースの目が細められる。
「あなたの執事であった最後の思い出に、これくらいはいいじゃないですか」
「本当に、自分勝手ですね」
にらみつけるアディに吐息のかかる距離まで近づいて、ルースは軽くため息をついた。
「……アデライード様。このような時は、目を閉じるものです」
「ルースだって、閉じてないじゃないですか」
「男はいいんです」
「だったら、女だっていいはずです」
「では、そのままでも結構ですが」
にやり、とルースは笑った。
「口づけている間、ちゃんと耐えてくださいね」
アディが何を言う間もなく、二人の唇が重なった。
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