第四章
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翌日の昼食後、午後の講義まではかなり時間があったので、アディは一人で庭を散策しようと部屋を出た。
離宮の中は、閑散としていた。
アディがここへ到着した日には大勢の使用人たちがいたが、あとでスーキーが聞いてきたところによると、そのほとんどが本館で働いている者たちで、この離宮の中にいるのは必要最低限の使用人だけらしい。
それを聞いた時アディは、そこまであからさまに王太子は見捨てられているのかと寂しいような腹立たしいような気持ちになったものだ。
人気のない廊下を歩きながら、アディは夕べの事を思い出していた。
昨日、うっかりルースの前で地を出してしまったのは失敗だった。だが、今日の昼前の講義でも、ルースの様子はいつもと変わらなかった。
なぜルースが何も言わないのか、何度考えてもアディにはわからない。もしかすると、王太子妃に不適当とみなされ早々に家に帰らされるかも、とひやひやしていたが、どうやらその気配もない。アディが見る限り、ルースはアディをただからかって面白がっているだけだ。
「私、おもちゃ扱いされているのかしら」
独りごちりながら、アディはアプローチへと足を下ろした。
「あら?」
アディが出てきたアプローチは、離宮の正門ではなく中庭へと通じる出入口だ。その木蔭に、ちらりとポーレットの姿が見えた。
「ポーレット……」
何気なく声をかけてからアディは、ポーレットが年配の男性と話しをしてしたことに気づいた。木の影になって、男性の姿が見えなかったのだ。彼女が扇を使っていなかったため、他に人がいるとは思わなかった。
「あ、ごめんなさい」
うっかり話の邪魔をしてしまったと、アディはあわてて謝って離れようとする。
「いいのよ、アデライード」
にこりとポーレットは笑うが、反対にいた年配の男性はアディをぎろりとにらむと、挨拶もせずにぷいと離宮へと戻っていった。その姿を見送って、アディはポーレットに近づく。
「邪魔をしてしまったのね。お相手がいるのに気づかなくてごめんなさい。お気を悪くされたかしら」
「大丈夫よ。もう話は終わったところだったの」
「お知り合いの方なの?」
ポーレットの侍従という雰囲気ではなかった。アディは彼女がこの王宮に親しく話をする人物がいるとは意外な気がした。
「わたくしのおじなの。こちらへ来ることが決まってからとてもお世話になっていて、今もわたくしのことを心配してくださったのよ」
それを聞いてアディは、ああどうりで、と納得する。それで彼は、アディをにらんでいったのだ。
ポーレットの親戚筋からすれば、アディは王太子妃候補のライバルだ。下世話な言い方だが、彼の王宮での立場を守りさらに強固にするために、姪であるポーレットが王太子妃となることを全力で応援しているに違いない。アディは、彼にとってただの邪魔者だ。
「こちらこそ、ごめんなさい。アデライードに対してあんな態度……悪い人ではないのよ」
申し訳なさそうに言ったポーレットに、アディは笑顔で首を振る。
「気にしてないわ。あの方の気持ちもわかるもの。それより、少し一緒に散歩をしない? 私、まだこの庭をちゃんと見たことがないのよ」
「まあ、素敵」
ポーレットは両手を合わせて、ふわりと顔をほころばせる。その表情は、まるで花のつぼみが開くように美しかった。
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