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 少しだけ笑いを含む声に、思わずアディは足を止めてしまった。


 気づかれていた。


 アディだけに聞こえるように執事は続ける。


「ここにいる彼らは、病弱な美少女と噂の伯爵令嬢に興味津々なのですよ。せいぜい、それらしく振舞って彼らを失望させないようにしてください」


 思わず、令嬢らしく、の呪文も忘れてアディは執事を振り仰いだ。ガラスの向こうの目が、面白そうに細められている。


「ああ、首都の社交界にゴシップのネタを提供したいなら別ですが」


 揶揄するような言葉とはうらはらに、アディに添えられた手はあくまで優しく彼女の手を包んでいる。ように見えるが、実際は、かなり強引に執事はアディの手を握っていた。そう気がついてしまうと、アディの腰に添えられたその執事の手も必要以上に密着しているように思える。


 素敵、と思ってしまった第一印象を、アディは強く撤回した。


 とんだ性悪執事だ。


 だが、見た目は優しそうな執事の態度に、メイドたちが口々に、ほう、とため息をつくのが聞こえる。


「さすがはルースさんですわね。あんな美しい令嬢とお並びになっても、全く見劣りしませんわ」


「ええ。まるで一対の絵のよう。目の保養ですわ」


「見て。普段クールなルースさんが、あんなに誇らしそうに微笑んで。やっぱりルースさんでも、美しいご令嬢とご一緒されるのは嬉しいのでしょうね」


「ああ、私もあんなふうにルースさんにエスコートされてみたい……」


(大人気じゃないですか、執事さん)


 ひそひそと聞こえる噂話を聞きながらアディは、頭の隅でそんな風に考えていた。その間にも、二人は居並ぶ使用人たちの間を通り抜けていく。


 結局、部屋へとたどり着くまで、その執事がアディの手を離すことはなかった。 

「こちらが、アデライード様のご滞在する部屋になります。あとでまたまいりますので、それまでしばらくの間、お休みください」


 後ろについてきたスーキーに言うと、執事は王宮内の一室の扉を開けた。


 アディのために用意された部屋は、趣味のいい装飾が施されていた。細かい飾りつけをしてあるが華美にならず、すっきりとしたところがアディは一目で気に入った。


 布類は女性らしくやわらかいレースで統一されていて、色彩も淡いピンクのものが多い。扉がいくつかあるところを見ると、ただの客室ではなく、滞在型の貴賓室のようなものだろう。


 家からアディについてきたのは、スーキー一人だ。侍従を伴うならひとりまで、と王宮からの指示だったが(馬車の従者や御者は王宮で用意したものだ)、それ以上、と言われても、逆にアディの家では出しようもなかった。

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