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「お嬢様!」
馬車の中からかけられたスーキーの声に、はっとアディは我に返る。
「申し訳ありません。少し、めまいが……」
抱き留めてくれた執事に言って、アディはちゃんと立ち直す。じっとしていて足がしびれた、などと令嬢らしくない真実は口に出せない。
「長旅でお疲れなのでしょう。僭越ながら、どうぞおつかまりください」
いたわるように優しい声で言ってその執事は、アディの手をとったまま、支えるようにして王宮へと向かった。ふと気づくと、その様子を見る女官やメイドたちの目が、一様に熱く潤んでいる。
あらためてアディは、自分を支えてくれている執事を見上げた。
姿勢の良いその姿は、背が高い。アディより頭二つは大きいだろうか。凛とした横顔は最初に思った通りやはり美しく整っていて、なるほどこれなら女性たちの視線が熱いのもわかる、とアディは変な感心をした。
アディの視線に気づいたらしく、執事がふいにこちらを向いた。
「どうかいたしましたか?」
「あ、いえ……」
あわててアディは視線をそらした。不躾に男性の顔を見つめるなど、それは令嬢らしくない振る舞いだ。
令嬢らしく、令嬢らしく、と心の中で呪文を唱えながらアディは、普段なら数歩で駆け抜ける距離をしずしずと優雅に歩を進めていく。
ほっそりとした体に、淡い新緑色のドレス。美しく髪を結い上げたアディは、楚々とした佇まいをくずさずうつむき加減で歩いていく。凛とした雰囲気の中にも少女特有のどこか儚げな空気が、アディを包み込んでいた。
通り過ぎた後に可憐な花の香りを感じて、そこにいた使用人たちは感嘆のため息をもらす。
アディは、自分を彼らに高貴な伯爵令嬢として印象付けることに成功したようだ。
やろうと思えば、アディは完璧な淑女を演じることもできた。
無作法だから今までパーティーなどに出かけなかったわけではない。男の品定めとゴシップにしか興味のない貴族たちの話が、アディは好きになれなかっただけだ。
くす、と頭の上で笑い声が聞こえた気がして、アディは扇の陰からちらりと執事をうかがう。
だが、前を向いた執事は特に表情を変えるでもなく、淡々とエスコートをしているだけだった。
「あの、もう大丈夫ですから……」
自分の手をとる執事に、アディは囁くように言った。
「ですが、まだ足元がふらついておられますよ」
(そうかしら)
自分では、しっかりと歩いているつもりだった。
すると、執事がそっとアディの耳元に口を寄せた。
「これだけの衆人環視のなかで、無様に転びたくはないでしょう? 足のしびれはとれましたか?」
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