第二章
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「広いのね、王宮って」
馬車に揺られながら、アディはため息をつく。
「そうですね。門に入ったのはかなり前ですけどまだ着きませんものね」
「まさか、王宮の中に森があるなんて思いもしなかったわ」
馬車は、先ほどから木々の生い茂った森の中を走っていた。森と言っても、等間隔で植えられている木々はすべて、見栄えを計算されて植えられたものだ。
「あ、お嬢様、あっちには大きな池がありますよ! あれも王宮の一部なんでしょうか」
はしゃぐスーキーの声を聞きながら、んー、とアディは思い切り体をのばす。馬車が珍しかったのは、最初の一日だけだ。あとはろくに動けもしない狭い空間に、とっくにアディは飽きていた。
「池。これからの時期、泳ぐのにはちょうどいいかも」
「お嬢様」
アディのやさぐれた声を聞いて、あわてたようにスーキーが言った。
「仮にも王太子妃である伯爵令嬢が池で水遊びなんて、絶対にここではやめてくださいね!」
「わかっているわよ。ちゃんとわきまえているから大丈夫」
本当に仮だけどね、と口には出さずにアディは付け加えた。
王太子妃となる覚悟を決めて父ときちんと話したところによると、アディはまだ王太子妃『候補』なのだという。王太子妃候補となった令嬢達は、この後一月ほどのお妃教育や適性試験などを受けて、一番ふさわしいと思われた女性が王太子妃と選ばれるらしい。
現在二十四歳の王太子、テオフィルス・ド・キリリシアには、正妃はおろかいまだ婚約者すらいない。
本来王太子といえば、若いころからあちこちの貴族が先を争って娘を妃に、と名乗りを上げてもおかしくない。それなのにいまだそんな状態なのは、彼が非常に病弱であるためだ。
以前は父王の公務についてくる幼い王太子の姿をみることもあったが、テオフィルスが八歳の時に王妃が病気で身罷られたころからその姿は見えなくなり、今では、王宮の人間ですら王太子に会うこともなくなった。
キリリシア王国では、二十五歳で未婚の王太子は王位継承権をはく奪されてしまう。テオフィルスの次に王位継承権を持つのは、彼のいとこにあたるウィンフレッド・ケンドールだ。テオフィルスが存命の今は表だって行動はできないが、水面下では、歳頃の娘を持つ貴族たちがウィンフレッドに取り入ろうと躍起になっていることだろう。
王太子妃をわざわざ王宮の方から募らなければならないのが、その証拠だ。
自分のような怪しい噂を持つ令嬢にまで声をかけられたのは、他に王太子妃の申し出を了承した家がなかったに違いないとアディは推測する。本来、王太子妃として王宮からの申し入れがあれば、最初にアディが思ったように、断るのは家の存続にかかわる。けれど、事情が事情なので、王宮としても強く出られなかったのだろう。
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