- 10 -
責任感の強い娘の性格を、父はよくわかっていた。
母をなくした時も、放心していた自分と弟の代わりに伯爵家を取り仕切った娘だ。今回彼女が女官として王宮勤めをすることになったのも、数年後に爵位を継ぐ弟のためにこの伯爵家を立て直そうとしているからだということを、父は知っている。なにもできない自分を不甲斐ないと思う気持ちはあれど、貴族の息子としてぬくぬくと育てられてきた彼にできることは、せいぜい庭木をめちゃめちゃに切るくらいだ。
「無理することはないんだよ」
「やあね、お父様。無理なんてしてないわ。幸い、まだ私には婚約者もいないし、お嫁に行きたくないと駄々をこねるほど好きな人もいないもの。私は、全然かまわないわよ」
一度腹をくくってしまえば、切り替えは早い方だ。どうせ王宮には上がるつもりだったのだから、女官よりもよほど王太子妃の方が後ろ盾としては強くなる。手段は違えど、アディの目的は伯爵家の存続なのだから、何も問題はなかった。アディは、あまり細かいことは気にしない性格だった。
うきうきと笑っているように見える娘を、モントクローゼス伯爵は複雑な思いで見つめた。
☆
「なんか……気が抜けちゃったな」
その夜、アディは自室でぼんやりとしていた。スーキーの入れてくれたお茶は、すっかり冷えてしまっている。
あとでこっそりとランディが教えてくれたのだが、王太子妃としてアディを召し上げたい、という話をモントクローゼス伯爵が聞いたのは、もう一月も前の話だという。ことがことだけに、モントクローゼス伯爵は娘に言い出すことができず、ずっとその話は宙ぶらりんになっていたらしい。王宮からの催促が続くのに困った挙句、ランディに相談したのだという。
それだけ心を砕いてくれただけで、アディはもう十分だった。
伯爵家の娘として、確かにアディは王太子妃になることも可能な身分だ。いずれ自分が、どこか家柄の釣り合うところへ嫁ぐこともわかっていたから、その相手が王太子というのは、想像しうる中で一番良い条件の相手ではないだろうか。
父の言うように好きな人に嫁ぐことができれば一番幸せなのだろうが、まだ恋も知らないアディにとっては、愛だの恋だのという不確かなものよりも王太子妃という目に見える地位の方が魅力的だった。
結局のところアディにとって結婚とは、家同士をつなぐための政略結婚以外のなにものでもないのだ。
アディが嫁ぐ王太子とは、どんな人だろう。
「お嫁さん……か」
アディはぽつりとつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます