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 アディは父の、そうやっていつものんびりとした性格が好きだった。たとえそののんびりが原因で、二年前に母をなくした時に、一切合切の家財や宝石類をいつの間にか親類縁者に根こそぎ奪われてしまったとしても。あの時自分がもうちょっとしっかりしていたら、今の伯爵家もここまで貧乏ではなかっただろうとアディは今でも悔やんでいる。


 閑話休題。


「そ、そうね。それでお父様……」


「向こうの垣根かい? そうだね。そろそろ緑も増えてきたしあちらも……」


「ではなくて、お父様。私が王太子妃ってどういうことですの?!」


 噛みつくような剣幕で言われて、モントクローゼス伯爵は顔をひきつらせた。


「ランディに聞いたのかい?」


「ええ、たった今。私がお願いしたのは女官です。王太子妃ってなんなんですか?!」


「お前だって、年頃の伯爵家の娘だ。十分、王太子妃としてたてる身分だし、王太子妃として相応しい美貌も知識も持っている」


「それはお父さんが親バカだからそう見えて、いえ、そういうことではなく……!」


「断ってもいいんだ」


「え?」


 しょぼんとしてハサミを置いた父に、アディは目を丸くした。


「打診をしたのは確かに女官としてだが、ちょうど王太子妃としてめぼしい令嬢を探しているところだったらしく、お前を王太子妃として迎えたい、と思いがけない連絡が来た」


「そんな……」


「王太子殿下は、今のところ政務にもかかわっていないし病弱でいつまで体がもつのかわからないともっぱらの噂だ。私も、彼に実際にお会いしたことはない。なにもそんなところへ嫁ぐなど、わざわざ未亡人になりに行くようなものだ」


 モントクローゼス伯爵は、優しい目でアディを見つめ返す。


「私はね、お前には幸せになって欲しいんだよ。できればお前が嫁ぐ相手は、お前自身が惚れた相手であってほしいとずっと願っていた。だから、たとえ相手が王太子だとしても、お前が嫌なら断っていいんだ」


「お父様……」


 アディの父親は、そういう人だった。


 内妻を何人もつかで男の価値を決めるようなこの国で、父はたった一人母を娶った後は、母だけを愛し、その母が産んだアディと弟を愛した。社交界で言えば、彼はろくに内妻も持てない伯爵とさげすまされていることだろう。けれどアディは、そんな父が好きだった。


 その父が、アディが望まない結婚を断ってもいい、と言う気持ちは痛いほどわかる。だが、王宮から直々に王太子妃の話がきたとすると、うかつに断れば王宮での伯爵家としての地位や権力は地に落ちる。


 おそらくそんなことは父にもわかっているだろうが、それでも自分のことを慮ってくれる父の気持ちが、アディには嬉しかった。


 混乱していた頭が、すうっと冷えていく。アディは、にっこりと笑った。


「大丈夫よ。私を王太子妃になんて、光栄な話じゃない。王太子妃になれば、女官なんて目じゃないほど、この家を裕福にできるのよ? なにせ、王家がバックにつくんだもの、怖いものなしだわ!」


「お前……」

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