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アディの家、モントクローゼス家は、伯爵とは名ばかりの貧乏貴族である。地方でかなりの領地を持つ古い家柄にも関わらず、使用人すら最低限しかおらず、伯爵令嬢であるアディが自ら買い物をして食事を作るありさまである。ちなみにランディの担当は庭の草むしりと街の教会で子供たちに勉強を教える教師だ。
「ああ! これでスープにはいつもお肉を入れられるようになるんだわ! 女官となればそれこそ、お給金は帳簿をつけたり家庭教師したりすることにくらべれば格段にいいんですもの! これでようやく貧乏ともおさらばだわ!」
貧乏ではあるが、そこは古い家柄の伯爵家。志願すれば女官として選ばれることはほぼ確実であった。それでもアディが不安だったのは、彼女に対する貴族間での評判のせいだ。
性格的に社交界のパーティーを好まなかったアディは、三年前に社交界デビューして以来、具合が悪い体調がすぐれないと言っては誘いを断って、王宮にもサロンにもろくに顔を出さなかった。
おかげで、モントクローゼス家の令嬢は病弱の美少女との誤解、いや噂が広まってしまったのだ。それで社交会に顔を知られていないことが、クレムたち貴族などを含むロザーナの街の人々に伯爵令嬢と気づかれていない理由でもある。
喜ぶアディとはうらはらに、ランディは渋い顔をしたままだ。
「なによ、私だって一応伯爵令嬢よ? 王宮に上がっても、ちゃんと女官を務められるわよ」
ふてくされたように言ったアディに、ランディはにこりともせずに答えた。
「女官じゃない」
「はい?」
「アディが王宮にあがるのは、女官としてじゃないんだ」
「え? じゃ……メイド……として?」
いつもの口調に戻ったランディに、アディも真顔になる。
働くことは嫌いじゃない。街中で、ちょっとした手伝いをして賃金を稼ぐことは、すでによくやっている。
ただ、伯爵令嬢とわかっていてメイドとして雇われることは、さすがに現伯爵である父を馬鹿にした話だ。ありえない。
複雑になった顔のアディを見て、ランディも複雑な声で言った。
「メイドでもない。……王太子妃だ」
「……は?」
「お前は、王太子妃として王宮に上がるんだよ」
「王太子妃……ええええ?!」
大声をあげたアディを見て、ランディはまたもや大きなため息をついた。
☆
「お父様!」
ふり向いたモントクローゼス伯爵、つまりアディの父親は、愛娘が転ぶように駆けてくるのを見てにこりと微笑む。
「おお、アディ、おかえり。どうだいこの植木。綺麗に刈れただろう? この右に伸びた枝を格好よく残すのに苦労してね…」
ぜいぜいとアディが息を整える間、モントクローゼス伯爵は惚れ惚れと今自分が刈り込んだ植木に見とれている。彼の担当は、庭木の手入れだ。
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