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「お嬢様こそ、王宮で女官なんてやっていないでさっさとお嫁に行かれたらどうです? モントクローゼス家の伯爵令嬢として、例えばクレメント様の子爵家なんてよいお輿入れ先ではないですか?」


 さりげなく話を振ったスーキーに、アディはけらけらとお嬢様らしくない笑いを返す。


「私がクレムと? それこそないわよ! 内妻の一人なんて誰であろうとごめんだし、ましてや私がクレムの正妻なんて! クレムだってきっと鼻で笑っておしまいよ。さ、私たちも帰りましょう。日が高くなっちゃう」


 元気に歩き出したアディに、スーキーは軽くため息をついて一緒に歩き出した。


 アディ――アデライード・モントクローゼス。


 彼女がロザーナの領主、モントクローゼス伯爵の長女ということは、当のロザーナの街の人々には知られていない。秘密にしているわけではない。気づかれていないので、あえてアディも黙っているだけだ。


 まさか野菜を値切ってごろつきに飛び蹴りを食らわせる少女が伯爵令嬢とは、街の人々も夢にも思ってないだろう。ここでは彼女は、値切り上手で明るい人気者のただのアディだ。その伯爵令嬢がなぜ値切り上手になったかというと。


 彼女の家は、底抜けの貧乏だった。


  ☆


「おかえりなさい」


 帰る早々、その少年に顔を合わせてしまったアディは、次に言われる言葉を想像してげんなりとなる。その気持ちが顔に出たのだろう。ランディはぴくりと片方の眉だけをあげた。


「ただの買い出しにしては、ずいぶんと薄汚れて帰ってきたのですね。その歳で泥遊びですか? お姉さま」


「ちょっと予定外のことがあっただけよ」


「お姉さまの予定は計画通りにいったことがありますか? そもそも計画とは、その通りに行動を進めるためにあるのですよ。ですが姉さまの……」


 思った通り嫌味を連発してくる一つ年下の弟に、アディは口をつぐむ。何を言っても、どうせその倍は返ってくるのだ。ここはおとなしくしていた方が長引かないという事を、アディは経験的に知っていた。


 黙り込むアディに、ランディは説教をやめてしみじみと大きなため息をつく。


「モントクローゼス伯爵家の令嬢として、一応は自覚をお持ちください。それより、例の王宮の話ですが……」


 なぜかランディは、それ以上を口ごもった。


「王宮って……女官の話、決まったの?」


 気まずそうに視線を外したランディの肩を捕まえて無理やり自分の方を向かせると、アディは興奮気味に聞いた。


「決まったのね! 私、女官として王宮に上がれるのね!」

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