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たとえドレスがみすぼらしいと言われても、王宮へ来て早々に王太子妃失格の烙印を押されることだけは避けたかった。他の候補者に負けるならいざしらず、アディがここで地を出して暴れたのでは、モントクローゼス伯爵家の評判に泥を塗ることになってしまう。
屋敷から見送ってくれた時の父の不安げな顔を思い出して、アディは何とか気持ちを落ち着ける。
「……お心遣い、ありがとうございます」
荒ぶる心をおさえて小さくそう言うと、こころなしか、ルースの目が見開かれたような気がしたが、彼は、いえ、と言ってまた前を向いて歩き出した。
後ろを歩くアディは、唇をかみしめてうつむいた。
流行りのドレスも社交界での話題も、アディは全く興味を持てなかった。そんなものがなくても、今までのアディは困らなかった。
けれど、国の中心となる王家に関わるという事は、結局好き嫌いにかかわらずそういうものに囲まれて生きていかなければならないのだ。それをアディは、痛いくらいに肌で感じた。
ここは、ロザーナとは違うのだ。
そうは思っても、複雑な心境で娘を送り出してくれた父の想いまでも否定されたような気がして、アディは悔しくてたまらなかった。
アディたちがちょうど廊下の交差に来た時だった。曲がり角の向こうから女性達の明るい声が聞こえて、アディは顔をあげた。
こちらへ向かっている気配を感じて、角を曲がろうとしたルースが足を止める。
「あ、ルースさん!」
だが、こちらに気づかなかったメイドが、人がいるのを見てあわてて足をとめた。話に夢中になっていて、ルースに気づくのが遅れたのだ。
「きゃっ」
一緒に歩いていたもう一人のメイドが、急に止まったメイドにぶつかって二人が倒れる。彼女の持っていた水の入ったバケツが宙を飛んだ。
「あ!」
「す、すみません!!」
とっさにルースがかばってくれたおかげで、アディには水はかからなかった。メイドは、床に座り込んだまま真っ青な顔になって震えている。ルースが、すっと片手を出した。
どんな罵詈雑言がでてくるかと、アディは他人事ながらはらはらとその様子を見守る。すると。
「けがはありませんか?」
ルースは穏やかな声でそう言って、メイドたちの手を取って立たせる。
「は、はい。申し訳ありません」
「ルースさんのお召し物が……」
アディをかばったせいで、ルースの足元は水でびしょ濡れになってしまった。
「私は大丈夫です。ここを片付けて、急いであなたたちも着替えてください」
「はい」
「はい」
わずかに笑みを浮かべたルースは、姿勢を正すとメイドたちに諭すように言った。
「おしゃべりに夢中になるのは、例えば私と二人だけの時にしてください。今後は気をつけてくださいね」
ぽーっとなった一人のメイドを、もう一人のメイドが慌てて手を引いて元来た方向に戻っていく。おそらく、ぞうきんなどをとりに行くのだろう。
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