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現王までの歴史をそらんじ終えたエレオノーラに、ルースは大きく頷いてわずかに笑んだ。
「大変結構です、エレオノーラ様。さすが、博識で誉れ高いメイスフィール公爵のご令嬢です。素晴らしいですね」
エレオノーラは表情を変えないまま、ちらりとルースを見上げた。
「今更わたくしには必要のない講義のようです。退出しても?」
「そうですね。三代目国王と八代目国王のお名前をお間違いのようでしたので、スペルからもう一度記憶し直してください。それに、トウミ王朝を代表する絵画『春の少女たち』の作者はアベライドではなくアベラビーバです。アベライドは『少女たちの春』の作者ですね。国を代表する芸術家ですので、ぜひとも正しく覚え直しましょう」
笑顔で言われて、エレオノーラは憤然とした面持ちになった。
「それでは、もう一度最初から始めましょう」
なんの書物もなく、ルースはキリリシア王国の建国からの歴史を述べていく。その詳細さに、アディは再び感心した。最初はいらだった様子だったエレオノーラも、次第に真剣な表情に変わって講義に聞き入る。エレオノーラの知識もすごいと思ったが、ルースのそれは彼女をはるかに凌駕することがその言葉の端々から感じ取ることができた。
「では、今日はここまでにしましょう」
そうして初日の講義が終わる頃には、とっぷりと外は暗くなっていた。
☆
「うええ……これ、ぜんぶ覚えるの?」
部屋に戻ったアディの手には、本日の『課題』なる書物が握られていた。次の講義の時間までにすべて記憶しなければいけない。
「お嬢様は、ことこちらの方面に関してはほとんどお手をつけずにお育ちになりましたからねえ」
スーキーが言葉を選んでいった。
「歴代の王妃様って、みんなこれ全部覚えていたのかしら。大変だったのね」
アディとて淑女としての一般的な知識はもちろん持っている。だが、国を代表する王妃となれば、たとえ女性であってもそれなりの知識を要求されるのだろう。
もともとこの国では、貴族の女性が勉強をすることをあまり快くは思われてはいない。令嬢はつつましく家におさまり、余計な知識などつけずに家と家を繋ぐ存在として、より良い家に嫁ぐことを望まれる。それを考えると、エレオノーラのあの知識はかなり特異なものだと思われる。
一般の貴族の令嬢につく家庭教師たちは、教養よりももっぱら淑女としてのマナーなどの実践教育ばかりに力を入れるのが普通だ。
「どうして王太子妃のレッスンには、豆の育て方とかおいしいキャベツの見分け方とかがないのかしら」
「必要ないからです。それより、他の候補者の方々はどのような方でした?」
愚痴めいたアディの言葉を、スーキーはばっさりと切り捨てた。
「そうね……。私の他にはあと二人いてね、一人はメイスフィール公爵令嬢」
それを聞いて、う、とスーキーがひるむのがわかった。
「エレオノーラ様ですね。御年十八歳で、公爵のたったお一人のご息女です。眉目秀麗はキリリシア王国一円に知れわたっていて、彼女に婚約を申し出る男性が引きも切らないという……あの方も候補になられていたのですか」
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