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「好きというか……必要だから、かな」


「一人じゃ練習にならないでしょ。ねえ、僕でよかったら相手しようか?」


「あなたが?」


 青年は、なぜか嬉しそうに言った。


「うん。ダンスなんて久しぶりだ」


 嬉しそうに言った青年は、座り込んだままのアディに手を貸して立たせる。向かい合ってみると、ひょろりとしてはいるがアディより背が高い。ちょうどルースと同じくらいだ。


「レイディ、一曲お相手願えますか?」


 少し芝居がかった様子で言う青年に、アディも仰々しく礼をしながら挨拶を返した。


「ええ、喜んで」


 そうして手を取って、二人は月明かりの庭で静かにステップを踏み始めた。その足さばきに、アディは目を丸くする。


「驚いた。あなた、とてもうまいのね」


「そう? 君の足を踏まないように必死だよ?」


「とてもそうは思えないわ。私があなたの足を踏む方が早そう」


 青年のリードで、アディのステップは先ほどとはまったく違う軽やかさで草の上を滑っていく。あれほど苦労したターンも、青年に支えられてまるで羽根のようにふわりと回ることができた。


「アディこそ、とても上手だね。まるで天使と踊っているようだ」


 青年は嬉しそうににこにこと笑っている。その顔を、アディは不思議そうに見上げた。


「ねえ、以前にも私、あなたに会ったことがあるかしら?」


 すると、青年は目を丸くして言った。


「僕を口説くとは、なかなかお目が高いね」


「くど……っ! そんなつもりじゃ……!」


 真っ赤になったアディが反論しようとすると、突然、青年の足がとまった。アディの背後に視線を送ると、アディの手を離す。


「ごめん、もう行かなくちゃ」


「え? ちょっと……」


「じゃあね。かわいい天使さん」


 ひらひらと手を振ると、青年は足音もなくもときた立木の向こうへ消えていった。


 同時に、背後でがさりと茂みが動く音がして、アディは振り返る。するとそこには、驚いたような顔でルースが立っていた。


「アデライード様? ここで、何を?」


 今度は落ち着いてアディは、すましたご令嬢の顔で答えた。


「ダンスの練習を」


「ダンス?」


「ええ」


 ルースはさりげなくあたりに視線をくばる。


「今、ここに……」


「はい?」


「……いえ、なんでもありません」


 ルースは、あらためてアディに視線を向けた。


「もう夜も遅いです。たとえ王宮内とはいえ、淑女が出歩く時間ではありません。早く部屋にお戻りください」


「わかりました」


 ルースに背を向けたアディは、ついてくる気配にルースを振り返った。


「あの、なにか?」


「お部屋までお送りいたします」


「一人で、帰れますわ」


「言ったでしょう? このような時間に、おひとりで歩かれるものではありません」


「はあ……」


 部屋までの道を、二人は無言で歩いていく。なんとなく気まずくて、アディは口を開いた。


「あの……」


「なんでしょう」


「テオフィルス様は、お元気でいらせられるのでしょうか」


 ルースは、ちらり、とアディを見た。


「気になりますか?」


「……すこし」


 しばらく無言で歩いていたルースは、ぽつりとつぶやいた。


「とりあえず、生きてはいます」

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