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(な、なんだ……そういうこと)


 ルースの指導に振り回されるばかりで、アディが大きなため息をついた時だった。


 かちゃり。


 なんの前触れもなく、ホールの扉が開いた。入ってきた人物を見て、アディは思わず足を止める。他の二人も同じように止まってしまった。


 ゆっくりとホールへ入ってくるその男性を、見間違える者はここには誰もいない。


 アドルファス・ド・キリリシア。このキリリシア王国の国王、その人だ。


 その場にいた誰もが、一斉に膝を折った。


「様子は、どうだ」


 アディたちを一瞥すると、国王はルースへと聞いた。


「はい。順調に進んでおります」


「そうか。顔をあげよ」


 言われて、アディたちは姿勢を正す。


 アディは、社交界にデビューしたときに、一度だけ国王と対面していた。がっしりとした体つきは、その時と全く変わらずに見える。健康的に焼けている顔は、いつか垣間見た王太子とは真逆の印象を受けた。


 その視線は、射抜くような強さでアディたちに注がれていた。アディは緊張を覚えて、無意識のうちに背筋が冷たくなる。


 ひとりひとりと視線を合わせた後、国王は再びルースに聞いた。


「王太子妃となる女性の条件を、忘れてはいないだろうな」


「はい」


(条件?) 


 王太子妃になるのに条件があるのだろうか。アディは、はじめてそれを聞いた。横を見れば、エレオノーラとポーレットも怪訝な顔をしている。


 国王は、その様子を見て目を細める。そうしていると、厳格な雰囲気が少し薄れて優し気な表情に見えた。


「誰が王太子妃となっても、遜色のない令嬢たちだ。我が娘となる日を、楽しみにしているぞ」


 アディたちは、また一斉に頭を下げた。


 その後、一言二言ルースと話をして、国王は部屋を出て行った。どうやら、様子を見に来ただけらしい。


「王太子妃になる女性の条件とは、なんですの? わたくしたちは、聞いておりませんわ」


 国王が去った後、ポーレットがルースに聞いた。


「それは、まだ私の口からは申し上げられません」


「その条件を満たさないと、王太子妃として認められないという事ですね?」


 エレオノーラが重ねて聞く。


「はい。国王より、たった一つだけ、王太子妃となる女性の条件をいただいております。ですが、これはあなたたちが知る必要のないものですし、ささいなことですのでそれほど気にすることもございません」


 涼しい顔でルースが言った。


 アディは、国王の去った扉を見つめる。


 自国の国王が良い王なのか悪い王なのか、アディにとってはよくはわからない。社交界に詳しくないアディにとって、国王は遠い存在だ。


 だがたった一つだけ、国王のことで印象的なことがある。それは、国王が妾妃をもたなかったことだ。


 この国で正妻の他にも内妻を持つことを許されているのは、家の存続に何よりも血のつながりを重んじているためその血を絶やさないように必要だとみなされているからだ。


 特に王家ともなれば、以前の国王の持つ妾妃はかなりの数に上った。先代の頃の王宮には、実に三十人もの寵妃がひしめいていたという。


 だが、現在の王はたった一人の王妃が亡くなった後も、後妻も妾妃も持つことはなかった。国のため、と大臣たちが進言しても、王はがんとして受け入れなかった。そのために、跡継ぎが病弱な王太子一人だけになってしまったのだが。

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