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今回の王太子妃候補は三人だが、王妃に選ばれるのは一人だけだ。誰も口にはしないが、以前の王宮の様子を考えれば、選ばれなかった二人は妾妃となってこの王宮に留まることになるかもしれない。
妾妃となっても王家が後ろ盾につくことには変りないので、それはそれでアディは構わなかったが……もし、王太子が今の国王のようにたった一人を大切にしてくれる人だったら。
もしそうだったら、例え自分が王太子妃に選ばれなくても、アディは少しだけ嬉しい、と思った。
☆
「こう……こうして……あっ」
ターンしようとした足元がからまり、アディは無様に転んでしまった。
「痛あ……」
すばやくあたりを見回して月明かりの中に誰の姿も見えないことを確認すると、アディはため息をついた。
ここは、城の裏庭だ。裏庭、とアディが勝手に呼んでいるだけで、本当はどうなのかわからない。中庭を見て回っていた時に、庭の奥に少しだけひらけた芝生の土地を見つけたのだ。時折、息抜きのためにアディはここを訪れている。
今夜は、アディはここでワルツのステップを練習していた。
最初は部屋でやっていたのだが、スーキーがアディの動きにこまごまと注文を付けてくるのが煩わしくなったのだ。それはそれで練習になるが、あまりうるさく言われて少しだけ一人になりたかったアディは、散歩をしてくる、と言って部屋を逃げるように飛び出してきた。
「うまくならないなあ……」
ターンの時は、どうしても相手に体重を預けなければいけない部分があり、ひとりでやるとそこをうまく回ることができない。やはりそこはどうしても相手が必要で、アディは何度も転びかけていた。
「ああ、もうやめた」
座り込んだまま、アディは空を見上げる。たよりない細い月がぼんやりと目に入った。
どこか遠くで、夜の虫が鳴いている。
衛兵は起きているだろうが、人々が寝静まった静かな夜に、アディはそっと目を閉じた。
なんだか……すこし、つかれちゃったかな……
がさり。
いきなり背後で音がして、アディは飛び上がった。
「だだだだだ誰?!」
あわてて振り向くと、立木の向こうに若い男がひとり、立っていた。向こうも驚いたような顔をしている。
「君こそ、誰?」
「え……えと、私はアディよ。あなたは?」
アディは間抜けな答えを返す。いきなりのことだったので、うっかりご令嬢の仮面をかぶるのを忘れて素で答えてしまった。
「そう。ここで何をしているの? アディ」
アディの問いに答えることなく、はんなりと笑みを浮かべながら青年は立木の間から出てくる。
「ダンスの練習をしてたの」
「ダンス。得意なの?」
「じゃないから、練習しているのよ。あの……」
「それもそうだね。ダンス好きなの?」
次々に質問を浴びせられて、アディは口を挟むすきがなかった。おそらく、答えるつもりがないのだろう。なんとなくそう思ったアディは、それ以上聞くのをやめた。
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