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 なぜ、ほんの少し遅れただけでここまで言われなければいけないのだろう。もちろん、約束に遅れたアディが悪いことは重々承知している。だが、だからといってここまで言われなければいけない理由があるだろうか。


 先ほどのドレスの件といい、いちいちこの執事の言葉は気に障ってしょうがない。自分が王太子妃候補という立場でなければ、倍くらいは言い返してやるのだが。


 アディは悔し紛れに、前を行くルースの姿を後ろからにらみつける。


 身長に比べて小さい頭は、きっちりと撫でつけられて一筋の乱れもない。あの頭の中には嫌味しか詰まっていないのだろうか。


「何か、言いたいことでも?」


 前を向いたままいきなり言われて、想像の中でその頭を連打していたアディはぎくりとする。


(この人、背中にも目がついているの?!)


「それだけの気迫でにらまれれば、私でなくともわかりますよ」


 半分だけ振り返って、ルースはにやりと笑った。切れ長の目が、眼鏡の奥でなぜか面白そうに細められる。


「ああ、例外がこちらにいらっしゃいましたね。おそらくアデライード様では、どんなに強い気迫で見つめられても気づかれないでしょうから」


「……!」


 馬鹿にされていることをひしひしと感じて、アディは扇を握りしめる手に力をこめた。


 言い返せない悔しさで、アディの肩が震える。ルースはその様子を面白そうに見ていたが、アディが何も言わないのがわかると自分も口をつぐんだ。ほどなく、先ほどの部屋へと二人は着く。


「遅れて、申し訳ありません」


 アディは、先に部屋にいた二人に小さく挨拶をすると、自分もソファに腰掛けた。ポーレットは軽く会釈と笑顔を返してくれたが、エレオノーラはアディのことを見向きもしなかった。


 ルースは立ったまま話し始める。


「こちらの部屋は以降、講義室と呼び、講義のすべてはこちらで行います。その他マナーなどのレッスンについては、必要に応じて別の場所に移動しますのでその都度確認してください」


 こころなしか自分に向けて言われているように感じてアディはルースを睨みつけるが、ルースは素知らぬ顔で続けた。


「では、本日はキリリシア王国の歴史から始めます」


「建国は、今より五百七十二年前、初代ウダリ王が近隣の国から独立したことに始まる」


 唐突に、凛とした声がその場に響いた。アディが声の主を追うと、それは、姿勢よくソファに座ったエレオノーラだった。


「最初の王朝は古ウダリ王朝と呼ばれその時に制定されたスリート法典は現在も政治の基盤となっている。古ウダリ王朝は実に五十年にわたり……」


 その後も滔々とエレオノーラはキリリシア王国の建国史を述べた。よどみないその口調に、アディは素直に感心する。

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