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水の流れに沿って適度な間隔に配置された飛び石は、ひとつひとつ違う音色を奏でる。浮かれた気分も手伝って面白くなってきたアディは、リズムを取ってはねるように踏んでいった。
ドレスの裾を持ち上げ、軽やかに次の石、次の石へと、アディは夢中になって追っていく。そうしてたどりついた先には、大きな池があった。馬車の中から見た池とは、また違うもののようだ。
アディのたどっている飛び石は、その池の傍にある木立へと続いている。どうやら、その中に見えるガゼボへと行くためのものらしい。
「いったい、いくつの池があるのかしら」
少し息のあがったアディが、ガゼボの前にある最後の飛び石を踏みながら言った時だった。
「ここを含めて、大小5つかな」
独り言に答えが返ってきたことにびっくりして、アディは顔をあげる。
陰になって見えなかったが、一人の青年が柱に背を預けて直接床に座り込んでいた。その顔に、アディは見覚えがあった。
夕べ、ダンスをしてくれた彼だ。
「あなた……!」
あわててアディはドレスの裾を整える。
長い脚を片方だけ投げ出して座っていた青年は、その様子を見てくすくす笑いながら手にしていた本を閉じた。どうやら、読書をしていたらしい。
「ダンス苦手とか言ってたけど、きれいなステップだったよ?」
夢中で飛び石を踏んでいたところを見られていたことを知って、アディは顔を真っ赤に染めた。
「僕もよくやるんだ、それ。楽しいよね」
「え、ええ……夕べは、ダンスの相手をしてくれてありがとう。ここで何をしているの?」
「かくれんぼ」
「かくれんぼ?」
言いながら立ち上がった青年は、明るい日の光の中で見れば涼やかな目元のなかなかの美青年だった。その服装は、飾り気はないがかなり上質なものだ。どこの貴族だろうか、とアディは首をかしげる。
「なんてね。実は一休みしてたところ。アディは?」
「私も、休憩。もう、歴代の王様の名前で頭がぱんぱんなの。ところで、私、まだあなたの名前を聞いていないわ」
くるり、と青年は目を丸くした。それから首をひねって少し考えると、なぜか視線をさまよわせながら頼りない声で言った。
「僕は……フィル」
「フィル。あなたは一体」
「その飛び石ね、建築家のネイウスの作品なんだって。あっちにもあるよ、見に行ってみる?」
アディの言葉を遮って、フィルは木立の方を指さした。
昨日会った時も自己紹介ははぐらかされた。どうやら、自分のことを知られたくはないらしい。
上流階級の貴族の中には、自分の身元を明確にしたくないものも多い。おそらく彼もそんな貴族のうちの一人なのだろう。
「やめとくわ。あまりはしたないことをしてまたルースに怒られてもいけないし」
「夕べ、怒られた?」
「怒られはしなかったけど……」
アディは、初めてルースの本当の笑顔を見た気がする。普段怖い顔をしている時とは違って、屈託なく笑うその姿はどこか子供っぽいようにも見えた。
そしてその後に見せた、自信に満ちた少し色っぽい顔。アディは、男性がそんな表情をするのを見たことがなかった。
間近で見たその顔を思い出して、かっとアディの体が熱くなる。
「知らないわ、あんな……ん?」
アディは、隣にいるフィルを見上げた。
「ねえ、ルースを知っているの?」
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