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「では、タグテスのお方にはどなたが嫁ぐのでしょう」
さりげなく別の女性が話題をそらす。
タグテスは、とある侯爵の住む街の名前だ。ここでは、その男性の名前を口にするのをはばかってあえて地名で呼んだが、そこにいるもので『タグテスのお方』が誰だか分らないものはいない。
「タグテスのお方……ですか?」
だが、その青年だけはそれが誰なのか見当がつかないらしく首をかしげる。それを聞いて、数人の夫人が笑った。
「あなた、何も知らないのね。どちらの地方からいらっしゃったのかしら」
「おや、これは失礼。ですが」
そう言ってゆっくりと口元を吊り上げた青年は、仮面をつけていてもかなり造作の整った顔をしていることがわかる。
「これだけ美しい方に囲まれていては、男の話題など私の心の端にものぼりませんよ」
夫人たちはいっせいに、あらとかまあとか言いながらその頬を染めた。
「え、ええ、その方はね、現王太子であられるテオフィルス殿下のいとこにあたられる方で」
「王位継承権第二位の方ですの。つまり」
白い仮面の夫人が、口元を扇で隠して小さな声で囁いた。
「万が一テオフィルス殿下に何かあれば、次の王太子様はその方が」
「あの方には、内妻はもう幾人かいらっしゃるのよね」
「ええ。その中にはすでに御子が誕生しておられる方もいらっしゃいますわね。王太子になられる資格は十分おありなのに、いまだ正妻をお持ちでない。やはり、高い地位にふさわしい高貴な姫をお望みなのかしら」
「ですわよね。このまま様子を見て来年を待たれるのかも……」
夢中になって話し始めた女性たちは、鳥の仮面の青年が静かにその場から離れたのに気付かなかった。
ホールからバルコニーにでた青年は、首元に巻いていた蝶ネクタイを軽く指でひいて緩め、大きく息を吐いた。
「こういう場所は慣れないな……」
「お帰りになりますか」
静かな声が背後からかかった。ふり向かないまま青年は答える。
「今日はこれ以上の収穫はないだろうし……馬車を」
「はい」
背後の気配が消えたのを感じて、青年は少しだけ、笑んだ。
「病弱な王太子……ね」
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