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「俺は金持ちだしいつでも買えるから、気にするな」


「失礼ね。私だって王宮にさえあがればビスコティだっていくらでも……」


 うっかりと言いかけて、アディは口を閉じた。だが、クレムはしっかりその言葉を聞きとってしまったようだ。


「王宮? こないだから勤め先がどうとか言ってたけど、お前まさか、王宮に行くつもりだったのか?」


「あ……うん、まだ決まったわけじゃないんだけど……」


 アディがごまかそうとすると、クレムは体を起こしてアディの正面に向いた。


「バカだな。やめとけよ」


「なんで?」


「王宮なんて、俺んちみたいな貴族でもなければ勤めることなんかできないんだぞ。だいたい、お前みたいなおてんばが王宮のメイドなんてつとまるもんか。ただでさえごたごたしている時なんだから、ごろつき相手に飛び蹴りするような女、王宮の方からお断りだろ」


「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」


 クレムは、きゅっと形のいい唇を結ぶと、反論するアディの手を取って顔を近づける。


「アディ」


「なによ」


 アディを見つめながら、クレムはかすれた声で低く言った。


「お前はどうしようもないほどおてんばだしガサツだし淑女のたしなみもないが……」


「喧嘩売ってんの、あんた」


「それでも、いつも笑顔で絶対に弱音を吐いたことがないのを俺は知っている」


「へ?」


「そういうところ、俺は好……嫌いじゃない」


「それは、どうも」


 いつもと様子の違うクレムを、アディはまじまじと見つめた。さっきのごろつきになぐられたことが尾をひいているのか、その目はなんとなく潤んでいる。


 まだ痛いのかしら、とアディが心配になっていると、クレムは彼一番のキメ顔で、熱っぽく囁いた。


「だから、わざわざ王宮になんか勤めるくらいなら、俺の」


「あ、みつけたあ……!」


「クレメント様!」


 呼ばれて、二人は一緒に声のした方を振り向いた。


 そこには、息をきらせながら追い付いてきたスーキーと、同じように走ってくるクレムの執事がいた。

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