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「アデライード・モントクローゼス伯爵令嬢様」
紹介されて、アディはさらに深く腰を落とした。
「ポーレット・ネイラー男爵令嬢様」
栗色の髪の女性が紹介されたのを聞いて、アディはもう白旗を揚げたい気分になる。
ネイラー男爵といえば、キリリシアで一番広い領地を持つ地方豪族家だ。爵位ではアディの方が上に来るが、財産規模は、絶賛火の車の中にいるアディの家とは比べ物にならない。
すると、天蓋の中から王太子がルースを手招きした。ルースが天蓋の中に入ると、なにやら王太子と話をしている。その声も、密やかすぎてアディには声色さえもわからなかった。
出てきて再び背筋を伸ばしたルースは、三人を見渡すと言った。
「これから一ヶ月、王太子妃となるべく励んでほしい、という事です」
三人そろって頭をさげたアディの耳に、凛とした声が聞こえた。
「エレオノーラ・メイスフィールと申します。これより先、殿下を支え国の礎となり、国母として次代の王をつつがなくお育て申し上げる立派な妃となれるよう励む所存にございます」
顔をあげた金髪の女性――エレオノーラの堂々とした態度に、アディはぽかんと口をあけてその横顔を見つめた。
彼女はまっすぐに、たった一つの影――王太子テオフィルスだけを見ていた。ライバルの立場とはいえ、その凛々しさにアディは心の中で盛大に拍手をおくる。
貴族の女性は物静かな方がよい、とされるこの時代に、これだけはっきりとものを言える女性はそうはいないだろう。アディのように感心するのは少数派で、たいていの相手には生意気と思われて叱責の対象となるに違いない。おそらくそれを自分でもわかっているだろうに、ここでそう言い切る潔さに、アディは心底感心した。
「わたくしも……幼き頃より夫をたて地を治めるように教育されて参りました」
おっとりと栗色の髪の女性――ポーレットも、遠慮がちだがはっきりした声で続ける。
「これから一月の間、王太子妃としていずれ殿下を支えられるよう、精一杯励みます。あと……あの」
少し声を潜めて、恥ずかしそうに言った。
「我が家は多産の家系です。たくさんのお世継ぎに恵まれるよう頑張りたいと思います」
がんばる。何を。
いや、それはそれで王妃としては重大な役目だ、とアディは思いなおす。そうだ、王太子妃になるということは、この国の世継ぎを産むという事なのだ。今さらアディはそのことに気づいたが、あまり人前で口にすることではない。
おっとりして見えてもポーレットは、堂々とそれを宣言するだけの勇気を持つ女性なのだ。さすが王太子妃候補になるだけのことはあると、アディはまた感心した。
「アデライード様も、何かございますか?」
低い声で、ルースがアディに促した。アディが視線だけ動かしてルースを伺うと、彼はどこか期待するような目をしてアディを見ていた。
アディは、少し考えてから口を開く。
「私は……私は、テオフィルス様とお庭をお散歩したいです」
そこで初めて、エレオノーラがアディを見た。ポーレットも目を丸くしている。
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