第18話、Take your hands



そうして、マリを加えてサウザンたちは外の世界へ出ることになったのだが。

その前にいくつか語るべきこと、やることがあった。


まずは、マリを襲ったディコのことだろう。

ガーベラたちに、神候補の試練を辞退することを告げたマリは、一人自宅にこもっていたらしい。

そこに、突然の来客。

ガーベラたちに、サウザンのことを知らされていたマリは、その来客は当然のようにサウザンだと思っていて。


そこに現れたのは満面の笑みのディコだった。

サウザンと違い全てを聞かされていたマリは、そんなディコに驚きを隠せない。


ロマンティカ家のものと、ヴァーレスト家の自分。

それ以外の人は、『家供(ファミリア)』と呼ばれる、ジャスポースの神がつくったその分身で。

神の力が失われた今は、存在できないはずなのに、と。


だが、その時はまだ、友人の姿をしたそれが、自分の命を狙っている、なんてことは思ってもみなかった。

話があると家の外に出て、不意打ちを受ける、その瞬間まで。



「後は、お二方が知る通りです。ヴァーレスト家に代々伝わる楽具(ウェール)を発動できたまではよかったんですけど……」


マリが、ヴァーレストの名を持つものであること口にしなかった一番の理由。

それは、触れたものを傷つけかねないその剣にあった。


楽具は心を写す鏡。

それが人を傷つけるだろう道具であることを、マリ自身が認めたくなかったからだ。

不意をつかれて、命の危機に晒されて思わずそれを発現してしまった自分。

その事に愕然として、マリは結局何もできなかったらしい。



「うーん。でも、自分の命がやばいと思ったら戦わなきゃって思っちゃうのはしょうがないと思うけどなぁ。そこまで気にすること、ないんじゃない? マリさんの楽具、この目で見たけどさ、僕はどっちかと言うと綺麗でカッコイイって思ったよ?ほら、柄の薔薇の細工とか、凄く凝ってたし……きっと、マリさんの心の綺麗なのが現れてるんじゃない?」

「そ、そんなっ、わたしなんて……そ、そう言う言葉は、わたしにじゃなくリコに言ってください」


一通りあった事を話して落ち込んでいたマリ。

サウザンはどうにかしたくて、ちょっと歯の浮く……でも間違いない本音を口にする。

事実、美しく咲き誇るその大きな剣は、マリにとてもよく似合っていた。

綺麗だと思ったのも嘘じゃなかった。

マリは、その剣のことが好きじゃないようなことを言っていたけれど。

サウザンから見たマリの剣を手にしたその立ち振るまいは、一種の完成された芸術のように感じられたのだ。

長年その剣とともに生き抜いてきた戦士。

そんな風に見えたのだ。


しかし、当のマリは赤くなって否定するばかりだった。

その仕草は、なんというかさすがリコリスの親友だと、サウザンは思っていたが。

そんなやり取りをしてる間にも、ロウは何かを考え込むように黙り込んだままだった。



「師匠? どうかした?」


その表情は分厚いメガネと鉄面皮に隠れて分からないはずなのに、サウザンには何故かそう思えて。

そんなお伺いをたてると、ロウは我に返ったかのようにサウザンに、マリのその顔を向けた。



「探索画面の生体反応を見たときから妙だとは思ったんじゃが……先程の彼は、ぬしらの知り合いじゃったのか」


低く真意を問う声。


「う、うん。友達だけど……ディコたちって師匠の家供(ファミリア)じゃなかったの?」

「いや、そうなんじゃがの。神として世界のものにはなるべく関わらぬようにしていたからの。今となっては、それも仇となってはいるがな」


戸惑いながら答えたサウザンに、ロウはそんな事を口にする。

てっきり、ロウは神であるから、ジャスポースに暮らすものの全てを把握しているのかと思いきや、そんな事はなかったらしい。



「これはわしの憶測じゃが。あれはおぬしらの知り合いと同一のものかもしれん」


そして、ロウはおそらく今の今まで考えていただろうことを口にする。


「えっ? そ、そんなっ。だって、あれは黒い太陽の作った偽者じゃなかったの?」


サウザンは、確かに見た。

『ネセサリーの教本』の力を受けて、黒いカケラになって逃げてゆくディコの偽者の姿を。

それなのに、ロウはあれはディコだという。


混乱。

マリに、自分に刃を向けてきたディコの偽物。

本物のわけがない。

そう思っていたからこそ、余計にロウの言っている意味がよく分からなかった。



「いや、同じ記憶を持つ対照的なもの、というべきか。そして黒い太陽のカケラ……その一部でもある。ディスプレイの生体反応は、そう示されておった。これがどういうことか、分かるか?」


問いかけるように言って、首をめぐらすロウ。

サウザンたちが首を横に振ると、ロウは深く頷いてその答えを口にした。



「先程現れたのはわしの家供(ファミリア)じゃ。これは間違いない。何せわしの力で生み出されたものじゃからの。しかし……本当ならばわしが滅びた時点で、彼らも次の神を迎えるまで、無に帰すはずじゃった」


なのにどうして。

当然、そんな疑問が浮かんでくるのは分かっていただろう。

間を置いたロウは、改めてそれを口にする。


「彼らはその役目を終えて消える直前に、完なるもの……黒い太陽にその身体を乗っ取られたのかもしれん。それは、かつての完なるものの常套手段じゃった。今思えは、わしの死の間際できゃつらの攻撃が苛烈になったのも、そんな意図があったのかもしれぬが」

「一体、どうすればいいのでしょう? また、現れるようなことがあったら……」


ディコたちが自分たちとは似て非なるものである。

そんな事実ですら未だ受け入れがたい部分があるのに、よりにもよってディコは黒い太陽にその身体を乗っ取られただなんて、とてもじゃないけど信じられるものじゃなかった。


ただただサウザンが言葉を失う中、マリはロウにそう問いかける。

サウザンは、それにちょっと驚きを隠せなかった。

何故なら……一番信じられない思いをしたはずのマリが、そんなロウの言葉を受け入れているかのように思えたからだ。


「現時点で考えうる方法は二つじゃ。黒い太陽そのものを滅するか、彼らの中に巣食う黒い太陽を追い出すか……のな」

「追い出す、それは一体どうすれば?」

「新しき神が新しき魂を吹き込む、考えられるのはそんなとこかのう」


再び訪れるは重い沈黙。

どちらも、簡単にいくようなことじゃないと分かっているが故なんだろう。

だが、同じようにその沈黙に参加していたサウザンは、実の所心情的に置いてけぼりを食らわされていた。


と言うより、この先新しい神が生まれるまでに、黒い太陽のくぐつと化したディコに襲われるかもしれないなんて、やっぱり受け入れがたかったからだ。


さっきのように命を狙われて、まともに対処できるのか、サウザンには不安で。

何よりサウザンに信じがたいと思わせたのは、その乗っ取られた人物が、ディコだけじゃないかもしれない、といった予測に基づくことだった。


もし友人たちが、はたまたリコリスが……もし自分に刃を向けるようなことがあったら。

そう考えるだけでサウザンはおかしくなりそうだった。



「サウザンさん? 大丈夫ですか?」


と、そんな事を考えていると、マリが心配げに声をかけてくる。


「あ、うん。ちょっとびっくりしただけ……」


それでサウザンははっと我に返り、繕うようにそんな事を言う。

マリだって不安だし、それは受け入れがたいことだったんだろう。

気遣うマリのその様を見て、そのことに改めて気付かされるサウザン。


受け容れがたい、信じがたいことだけど、そうするしか術がないからこそのマリの言動だったのだと。

マリが健気にもそう考えているのだから、仮にもこんなマリを支え守るようなことを口にしたサウザンが、目の前で起こっている現実に目を背けるわけにはいかなかった。



「でも、それだと姉さんたちにも早く合流しなくちゃだよね。まぁ、姉さんと母さんのことだから、その辺は気付いてうまくやってるとは思うけど」


サウザンは考えていた最悪の想像を心の奥底に押しやり、切り替えるようにしてそんな事を言う。


「そうですね。一度辞退すると言った手前、ちょっと会いづらいですけど……そんな事言ってる場合じゃないですもんね」


お互いに気勢を張った、無理したような笑み。

それに気付いているからこそ、その事に触れることはなく。



「では急ぐかの……って言いたいところなんじゃがのぅ。まだ外の世界は夜が支配する時間帯じゃ。朝を待って出ることにしようぞ」


それに合わせてくれたのか、朗らかな口調でそんな事を言うロウ。


「夜だと何かまずいの?」


サウザンは、その言葉に単純に疑問を覚え、思わずそう問いかける。

するとマリだけでなく、鉄面皮であるはずのロウでさえ、ぽかん、としているようにサウザンには見えて。


「おぬし、ほんに何も聞かされておらなかったんじゃのう」

それ以上呆れることはないってくらいのロウの呆れた声。

マリは、そんなロウの言葉を受けて。


「外の世界は、夜になると黒い太陽が力を増すそうなんです。光のないところだと、たちまち人間はその闇に食らわれてしまうと聞きました」


律儀に夜に出てはいけないわけを説明してくれる。


「これは、外に出てからも変わらん。わしらが行動できるのは陽が昇り、沈むまでの間じゃ。じゃからそれまでにはこのジャスポースのような、外の闇を遮断できる場所に潜む必要があるのじゃよ」


ジャスポースにおいて時折黒い太陽のカケラが人を襲うのは、その密閉されたはずの世界のどこかに隙間を見つけて、その身を細かにしながらも入ってくるからなのだという。

カケラと言う言葉の由来も、どうやらそこから来ているらしい。



「姉さんたち大丈夫かな……」


試練の旅は辛いものだと聞かされてはいたけど。

その内容を知ると余計にそれが染みてきて、ちょっと心配になるサウザンである。


「なぁに、心配するでない。ここのような世界は各地にある。他の神候補とともにな」


だけど、そんな不安を軽くいなすように朗らかにロウはそんな事を言った。

他の世界、ジャスポースしか知らないサウザンにとっては見当もつかないものだったけれど、そこには同時に未知なるものへの期待感のようなものもある。

さっきまで沈みかけていた気持ちも、心なしか上昇していて。


「ふむ、それでは理解してもらえた所で、出発の時まで旅のためのレクチャーでもしようかのう」

「レクチャー?」

「うむ。『歌』のこと、試練のこと、旅に出る前に知っておくことは多いからの。そうさな、もっと広い所に移動しようか。少し派手にやっても差し支えない場所がいいのぅ」


楽しそうに、ロウにそう言われて。

顔を見合わせるサウザンとマリ。


「やっぱり学園かな」

「そうですね」


広くて派手なことができそうな場所と言ったら学園だろう。

もっとも、今ここには学園は存在してはいないわけだが……。



「おお、あの広い場所か。よし、それではついてまいれ」


何だか、ノリノリなロウにそこはかとない不安を覚えつつも。

その後についていって……。



             (第19話につづく)






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