第14話、明日へ蹴り出せ



それから。

とりあえずガーベラたちを探そう、ということになって。

サウザンとロウは、巨大な鉄の……入り組んだ箱庭の中、手始めにロマンティカ家を目指していた。



「そう言えば、家を出てすぐって、こんな感じだったっけ……」


目の前に広がるのは、両脇を鉄壁に囲まれた、広く長い廊下のような場所。

歩き進めてまもなくして、広い十字路が見えてくる。

今までよく壁にぶつからなかったなぁと、妙な気持ちになりつつも、いつもの待ち合わせの場所だろう、その十字路を通過する。



新しい神がその地位につけばみんなが帰ってくる。

それは本当かどうかも確かめようのない言葉だったが。

それでもサウザンの心を随分と軽くした。

よくよく考えてみれば、リコリスがサウザンの事を庇った時、ぱっとその姿が消えたのを思い出したからだ。


リコリスはサウザンの犠牲になったわけじゃない。

そう思うだけで、随分と気が楽になるサウザンである。

会えないことの哀しみは、相変わらずサウザンの心に蟠っていたけれど。



そのまま、それだけは変わらずに残っていた、いくつも並んだ黒いアーチをくぐり抜け、闇に足音を響かせながら、うねり続く階段を降りてゆく。



「ねえ、ロウさん。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「ん? なんじゃ?」

「いなくなった人たちって、結局のところ何なの? その家供(ファミリア)って。別にお化けってわけじゃないんでしょ? 今のロウさんみたいな……精巧にできたロボットとか?」


自分とみんなは違う。

もしかしてリコリスはその事を知っていて告白を断ったのだろうか、なんて思うサウザンである。


別に透けてるわけでもないし、お互いの意思疎通もできる。

余計なことを言って折檻される。

そのことを考えると、お互いに違いなんかないじゃないかって、サウザンは強く思っていて。


この突拍子もない今を受け入れるしかないならば。

知りたいと思うのは当然の帰結で。

さっきまでのサウザンとは大違いのその様子に、ロウは苦笑をもらし、それに答える。



「うつろうものであり、作られたものと言う意味でなら、どちらとも近いかもしれんのう。名を持たぬ彼らはわしの歌(カーヴ)によって生み出された存在じゃ。かつて黒い太陽の犠牲になったものたちをモデルにしておる」

「それって、実際に生きてた人たちってこと?」

「そうじゃ。わしにとっては家族みたいなもんじゃ」


サウザンが聞くと、本当の家族を自慢するみたいにロウは笑う。



「ふーん。ロウさんって本当に神様なんだね。何だかすごいや」

「何を今更。本来ならば面をあげて会話などできぬ存在なのじゃぞ」


サウザンが感心していると、その見た目のすんぐりさにそぐわない態度で胸をそらす。



「ははは。そうだよね。神様と話してるんだし。よし、これからはロウ師匠って呼ぶよ」

「師匠? 悪くない響きじゃが、その心は?」

「うーん、なんとなく?」


それはや益体もないやり取り。

恐怖さえ覚えていた周りの闇も、さっきまでの自失も、今のサウザンにはない。


突然に降りかかった悪夢のような事態。

あのまま一人だったらおかしくなってたかもしれない。

そう思うと、ロウに対して感謝の念すら抱いているサウザンがいて。




「ロウ師匠、着いたよ」


ふいに口をついて出た言葉が妙にしっくりきて。

テンション高いままに、サウザンはロマンティカ家へと続く鉄扉のノブに手をかける。


扉には、鍵はかかっていなかった。

やっぱりガーベラやスカーレットは中にいるのだろうか。

サウザンはそんな期待を持ちつつ、使われていなかった合鍵を持て余しつつ、ロウとともに中へ入って。



「ただいまーっ」


そこだけはいつもと変わらない、生まれ育った家。

太古の昔の『宮殿』をイメージした内装、調度品。


しかしそこには、再びサウザンの不安を煽るくらいには、暗闇と静寂が支配していた。

帰ってくると、当たり前のようについてテレビの音が聞こえない。

遅く帰ってくれば必ず香る、夕餉の匂いも。



「誰もいないのかな。この時間はいつも母さんテレビ見てるのに」

「番組を流す方もいないからのぅ。電気も維持のための最低限のもの以外、通ってないはずじゃ。新しい神が決まれば復帰するだろうか……」


ふいに出たサウザンの呟きに、自分が問われたのかと思ったのか、サウザンの聞きたかったものとは、少し的の外れた答えを口にするロウ。



「そっか。そりゃそうだよね」


自分は決して一人で生きていたわけじゃない。

サウザンはロウの言葉に、そんな深いことまで考えつつ。

一つだけついていた非常灯の灯りを頼りに、備え付けの懐中電灯を引っ掴むと、家の中を歩き回る。


念のため姉や母の自室を見て回ったサウザンだったが、当然のようにそこにも誰もいなくて。

再び居間へと戻ってくると、食事用のサーキットテーブル(豪奢なシルクのテーブルクロスつき)の上にいたロウが、何やら手に持っていた。



「師匠、それは?」

「おぉ、この机の上にあったんじゃ。どうやらおぬし宛じゃの」


サウザンが聞くと、ロウは顔を上げピコピコと足音を立てて近付いてきて、それをサウザンに手渡す。


それは、一枚の紙だった。

デザートは戸棚にあります。

そんなノリで、書きなぐられた文字。



「これ姉さんの字だ……」


珍しいことに焦ってでもいたのだろう。

それでも読むことに支障のないそれにサウザンは目を通す。



その紙には、こう書かれていた。


神になるための試練が、先代ロウ・ランダーの死期が早まったことで、予定よりも早まってしまったこと。

ロウ・ランダーの知識を持つ案内役が見つからなかったこと。

ジャスポースの世界をこのままにはしておけないので、案内役の代わりに試練について勝手知ったるスカーレットとともに、外の世界へ旅立つことにしたこと。

そして……なにも話せず、サウザンを一人置いていくことへの謝罪。


自分のことを気遣ってくれたことが。

何よりこの一文で、二人の無事を知ることができたことが、サウザンには嬉しかった。

思わず確かめるように何度も見返した後、サウザンは顔を上げる。



「ロウ師匠、これ読みました?」

「む、すまぬ。丁度目に入ってしまっての」

「いえ、そうじゃなくて。姉さんたち、師匠のこと探してたみたいだよ? 案内役って師匠のことじゃないの?」

「ううむ、なるほど。その辺りでどうやら手違いがあったようじゃの。本来ならわしを探すことも試練のうちだったんじゃが」



サウザンの言葉に、くるくる回転しながら唸るロウ。

だがしばらくすると、何だか物欲しげな感じで、サウザンのことを見てきた。



「おぬし、二人を追って外の世界に出る気はないか?」

「えっ!? そ、それってつまり、師匠と一緒に姉さんたちのところに行けってこと?」

「うむ、その通りじゃ。話が早くて助かるのう」


どこかでそんな予感がしていたから。

外の世界へ出ることは、かつて語ることなく夢見ていたことだったから。

その言葉は自然とサウザンの口からついて出ていて。

それに満足そうに頷くロウ。



「でも、試練って言うくらいなんだし大変なんでしょ。外の世界には黒い太陽だっているだろうし。……危なくない?」

「あぁ、危険じゃろうのう。今おぬしが持っとる『ネセサリーの教本』なしではいつ黒い太陽に食われてもおかしくない」

「それは……」


反則だと、サウザンは思った。

それは、ほとんど脅迫にも近い言葉だと。

ロウがそう言った時点で、サウザンの選ぶべき選択肢は一つしかなくなっていて。



「それが分かってるなら初めから行くか、なんて聞かないでよ。行くしかないじゃん」

「うむ。けっこう、けっこう」


眉をへの字にしてサウザンがそう言うと、やっぱり満足そうにロウは頷いていて。


何だかいいように乗せられ、扱われてるような気がする……なんて思いつつも。

それじゃあ早く追いかけなければ、ということになって。



「ん? なんか裏に続きがあるみたいだ」


師匠らしく、ロウに言われるままに。

外の世界へ旅するための、その準備をして。

言づての紙も持っていこう、なんて思いそれを手にした時。

しまおうとして目に入ったのは、裏側に書かれた、どこか場違いな気もしなくもない追伸の文字だった。



「なになに。……この手紙を読む頃には既にサウザンは気付いていると思うが、神によってつくられた夢の世界が消えたことで、現実の世界に取り残されたものがいるだろう。もし見つけたら、お前が支えてやってくれ……だって」

「取り残されたもの、か。試練が始まった今、このジャスポースの世界にはおぬししかおらぬはずじゃが……どうするつもりじゃ? あまりゆっくりしている時間はないぞ?」


今の今までさんざん駆け回ったサウザンたち。

そのどこにも、サウザン以外に現実に生きるものの姿はなかった。

まさかこんな事態になってるとはその時はサウザンも思っていなかったから、くまなく人を探し回った、というわけでもなかったが……。


ロウの問いかけに、サウザンは悩む。

だが、それにたいした時間はかからなかった。

やがて顔を上げ口を開く。


「ひとりぼっちになった時、僕すごく怖かったんだ。もし、僕と同じ思いをしてる人がジャスポースの世界のどこかにいるのなら見つけてあげたいと思う。それに、姉さんの頼みを聞かないわけにはいかないよ。言いつけを守らないで怒られるのいやだし」


初めは本音を、後は誤魔化すように笑いながら。



「……そうか、ならば時間も惜しい、この作られし『領域(フィールド)』の世界の道案内ならお手の物じゃ。人のいそうな場所を一通り当たってみようぞ」


するとロウは。

サウザンがそう言うことを期待していたかのように一度深く頷いて。



「うわっ!?」


両手を振り上げ、何やらポーズをとったロウは、がしゃんがしゃん音をたててその形を変えてゆく。

ただ驚き、その様を見ていると。

しばらくしてそこにあったのは、一台のノートパソコンだった。


『さぁ、わしを手に取るがよい!』


なのに、どこからともなく聞こえてくるその声だけは妙にリアルで、どこから声が出てるんだろうってまじまじ見ていると。

確かにそのノートパソコンには首にかけて持ち運びができるように、紐がついているのが分かって。


『パソコンの使い方は分かるかね、新世界を生きる若人よ」

「姉さんが持ってたから……一応分かるけど」


サウザンは素直にノートパソコンと化したロウを首にかけ手に持つと、とりあえずスイッチを入れる。

電源はどうしてるんだろうとか、そもそもロウはどうやって動いているんだろうとか、色々なことを考えていたサウザンだったが。


何ら問題はなく電源が入って。

またもロウの言う通りに操作していると、やがて映し出されたのは、まさしく神が世界を眺めるかのような、そんなジャスポースの世界の断面図だった。


初めて見るそれは。

たとえるなら図鑑で見た、蟻の巣の断面図、あるいは地面の中に埋まる張り巡らされた木の根のように見える。



『見れば分かると思うが、今わしらがいるのがここじゃな』

「おおっ」


ロウがそう言うと、画面の中央にあるとてつもなく大きなフロアから下方に伸びている枝先……数ある実のごとき四角いフロアのひとつに、黄色の丸が出現した。



「今はエレベーターも動いとらんから、人がいるとすればその行動範囲は限られるはずじゃ」


画面を縦断するいくつかの白い道にようなものが、おそらくロウの言うエレベーターなのだろう。

そこが使えないとなると、移動できるのはロマンティカ家から続く階段と同じ、いくつも枝分かれしている黒くうねった道になる。


だがそれは限られているといってしまうのは無理があると思えるくらいに無数に存在していた。

それには全て実のような小さなフロアがついていて。

画面の上方ほぼ全てを占めるほどに大きく膨大な四角いフロアに繋がっている。



「この一番大きなフロアって……」

『ああ、これはジャスポース学園と通学路、商店街があった場所じゃよ。夢が生きる場所、とでも言っておこうか』


サウザンが質問すると、何だか得意げなロウの言葉が返ってくる。

その場所は、先程サウザンがさんざん走り回った場所で。


誰かがいる可能性は低いのだろう。

とすると、確かに探す範囲は狭まってくるような気がしなくもないサウザンである。


「僕たち以外に人がいるのって、これで分かるの?」

「……おお、待っとれ。なんとかやってみるぞい」


そこで何気にサウザンがそう問いかけると。

頼もしく頷き、そのまましばらく応答がなくなった。


それが結構な時間だったから。

無理とかをしているんじゃないだろうか。

なんて不安になるサウザンだったが……。



             (第15話につづく)






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