第15話、Guilty~消えることのない罪~
「いたぞ! ……いやっ、待つのじゃ。様子がおかしいぞ?この反応はっ」
しばらくの間を置いて聞こえてきたロウの声は、ずいぶんと切羽詰ったものだった。
はっとなって画面を凝視すれば。
サウザンたちのいる場所から、さほど遠くない……枝先にあるフロアのひとつに、青い丸があるのがわかる。
だが、問題はそれじゃないのだろう。
エレベーターが使えないが故の残された道であるはずの階段。
そこに、なにか黒い丸のようなものが蠢いている。
「これ……動いてる?」
「黒色は黒い太陽のカケラじゃ! し、しかし、どういうことじゃ? 何故人と同じ反応を示す!?」
人を示す、それはサウザンを示す黄色いものや、青いものがそうであるように。
丸の形のことを言っているのだろう。
それらと同じように、黒い丸をを描く何かが、そこにはあった。
しかも動いている。
着実に、青の丸のその場所へと歩を進めている。
「サウザンよ! 急いでこの場所に向かうのじゃ!」
「う、うん!」
完全に把握できてはいなかったけど、何かまずい事態が起きようとしている。
そう判断して、サウザンはロウがそう言うよりも早く駆け出していた。
ロマンティカ家を飛び出し、闇の中へ続く階段を上ってゆく。
画面上では近かったが、目的の場所は一度広いフロアに出なければいけないようになっていた。
サウザンは、ロウの指示に従いながら元は学園の通学路にあった、迷路のような場所へと辿り着き、いつもの待ち合わせの交差点……ロウとともにやってきた道、その反対側へと折れる。
今は鉄壁に囲まれた薄暗いただの通路。
だけどそこに見慣れた町並み、その光景を浮かべながら、サウザンは走る。
「ここじゃっ!」
と、ふいにロウの呼び止める声。
立ち止まると、そこには地下へと続く階段があった。
それは、サウザンのよく知る道だ。
何度かリコリスに付き合って足を運んだことのある場所。
それに、サウザンは嫌な予感を覚えて、ロウに促されるよりも早くサウザンはその階段を駆け下りる。
しばらくすると、階段の途中にいくつも立ち並ぶ黒いアーチが見えてくる。
サウザンはそれを潜り抜けることで、自分がどこに向かっているのかを改めて自覚させられた。
この先にあるのは、リコリスの親友であるマリの家だ。
ガーベラの手紙に記されていた、取り残されたもの。
それは、マリのことを言っていたのだろうか?
下れば下るほど深い闇に包まれる階段を下りながら、サウザンがそんな考えに至った時。
「先ほどの場所から移動しとるぞ! さらに下じゃ!」
警告を発するかのようにロウが叫んだ。
画面を見れば確かに黒い丸と青い丸が、目的地よりも下方に移動しているのが分かる。
それは、まさに今まさにサウザンたちのいる階段のある区画。
何がどうなったのか、そうサウザンが思い、聞こうとするよりも早く。
ギッ、ギィンッ!
木霊して届いてきたのは、金属と金属を打ち鳴らす、剣戟の音だった。
誰かと誰かが、戦っている音。
サウザンははっとなり、さらに階段を駆け下りるそのスピードを速める。
ほとんど落ちていくような勢い。
マリの家へと続くだろう扉のある踊り場を一歩で駆け抜け、足を踏み入れたことのなかったさらに下へと。
目的の場所が近付くにつれて剣戟の音が強くなり。
それに加えて様々な音がサウザンの耳朶をうつ。
人の駆け出す音。
地面を踏みしめる音。
息遣いに、話し声。
「どうしてっ……こんなことっ! わたしたちに争う理由なんてないのに!」
「いいじゃないか理由なんて。なくたってさ!」
戸惑いをたっぷりと含んだマリの声。
どこか冷たい感じの、ディコの声。
戦っているのは二人なのだろうか?
どうしてそんな事になっているのか。
状況が理解できないままにサウザンはラストスパートをかける。
二人のいる場所……そこは、薄暗くがらんとした何もないフロアだった。
そこにサウザンが降り立った時には、ディコはその手に持つ青ざめた剣を振り上げている所だった。
その途端、部屋中に伝わる冷気。
その剣には、氷(レッキーノ)の唱力が込められているらしい。
それは、サウザンが生まれて初めて見る、ディコの楽具(ウェール)。
対するマリの方も、その華奢で小さな身の丈に合わぬ、刀身の極端に長い刀の形をした楽具を手にしていた。
柄に施された薔薇の細工が美しいそれは、そんなディコに負けじと、渦巻く風(ヴァーレスト)の唱力を纏っていて。
「友達でしょ。大人しく僕の手にかかって死んでくれ、ないっ!」
間近での、力と力のぶつかり合い。
それは一見、互角のようにも思えたけれど。
「ぐっ……うぅっ」
一撃を下から受ける形になったマリが、その衝撃に耐え切れずに、呻き声をあげて膝をついた。
ガランと落ちる、随分と重そうなマリの楽具。
マリの綺麗な白銀の髪に染みて混じるのは、滴る血の赤で。
どうやらマリは、すでに手負いだったらしい。
力尽きたかのように、マリの大きな刀が霞んで消えてゆくのが分かる。
「それじゃ、さようなら」
それを見て嬉しそうに笑い、もう一度剣を振り上げるディコ。
サウザンにとってどうにも受け容れがたい、ありえない光景。
そのショックによる自失から解放されたのはまさにその瞬間で。
「やめろーっ!」
止めなきゃいけない。
ただサウザンはそう思った。
長年の鍛錬により生まれたもの。
それは、サウザンの踏み出した一歩を爆発的に加速させ、今まさに振り下ろされんとしている刀の前へと割って入る。
「……何っ!?」
ディコとは思えない驚愕の呟き。
冷気を纏わせたその刀身が、サウザンへと迫る。
対するサウザンの得物は、燃え盛る炎を象っただけの、ただの木刀だった。
得物の強度の差は一目瞭然。
そう思われたが……。
地からかち上げたサウザンの木刀は、いつの間にか本物の炎と化していて。
易々とディコの持つ剣を溶け折った。
軽い音を立てて地面に落ち、滑るように飛んでいく氷の刀身。
「ディコ! 何やってるんだよ!」
「へえ? サウザンも本物の人間だったんだ。ずるいなぁ。一言くらい言ってくれればよかったのに。そうすればもっと、早く殺してあげられたのにさ」
「な、何を言って!?」
憎悪にも近い感情が、浮かぶ笑顔の中にある。
いつの間にやら折れたはずの剣は元に戻っていて。
思わずサウザンは言葉を失う。
「でもまぁ、許してあげるよ。こうして自分から殺されに来てくれたんだから」
「な、何でそんな事言うんだよっ、僕だって知らなかったんだよ! それに、殺すってなんだよっ、ディコは……お前はそんな事を言うヤツじゃなかっただろ!?」
凍えるような笑み。
サウザンはそれに耐えられなくて。
元のディコに戻ってほしくて、そう訴える。
「知ったような口を利くなよ。人間のキミに、そうじゃない僕の何が分かるっていうんだ」
「……っ」
だが、返ってきたのは、そんな冷たくにべもない言葉と。
再び剣を構え、氷の力を高めるディコの姿だった。
それは、リコリスに言われた言葉とどこか似ていて。
深く、サウザンの心にくさび打つ。
心が痛くて、無意識のままにサウザンは胸元を押さえていて。
そこでようやく気付く、ロウの姿がいつの間にかなくなっている、その事実。
どこへ行ってしまったのか、その姿を求めて見回す余裕すら今のサウザンにはなかった。
何故ならば。
一撃目を見事防いだ木刀が、サウザン自身の炎に焦がされ、炭となって焼け落ちてしまっていたからだ。
(勢いで飛び出したのはいいものの……)
どうするべきか。
こうやって考えなしに突っ込むところが、戦いに向いていないひとつの要因だと、ガーベラに口をすっぱくして言われていたのに。
威勢良く出てきた割にあっさりと追い詰められ、サウザンは思わず一歩下がる。
僅かに背後を鑑みれば、倒れ伏し頭から血を流しているマリの姿がある。
このままにしておくのはまずいだろう。
何とかこの状況を打破する方法を。
今一度振り上げられた剣を見据えながら、サウザンはそう考えていて。
―――白刃取りからの武器破壊。
ふいに頭に浮かんできたのは、そんな言葉だった。
サウザンはそれに倣うようにして、拳を握らずにファイティングポーズをとった。
その手のひらから、僅かに炎の唱力が立ち昇る。
「ふうん? まだあがくんだ?」
気に入らない、そう言った声色の、ディコの呟き。
どうしてこんなことになっているんだろう?
ふいに、何度も思っていることが、サウザンの頭の中でリフレインする。
大好きな人には振られて。
今まで暮らしていた世界は夢で。
今は夢の世界の住人だった親友に、殺されかねない勢いで憎まれている。
下手な悪夢でも、もうちょっと理解しやすい展開をするんじゃないだろうかって。思わずにはいられないサウザンである。
こんな悪夢にもならないものなんかどこかへやってしまって、とっとと目覚めればいいのに。
この期に及んでもまだ、そんな事を思っていたサウザンであったが……。
(第16話につづく)
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