第34話、Bridge ~ 愛の言葉 愛の力 ~



「……返してくれたことに礼を言おう。せめてひと思いに、その命を散らせてくれる」


煮え立つような殺意を持って、それの手のひらに生まれるは炎の剣。

闇の瘴気を纏ったもの。

天の構えを持って、サウザンに向けられる。

その瞳には、流れる炎の涙。



「……っ」

「サウザンっ!」


ロウが頭上で叫ぶが、サウザンはやはり動けない。

何故なら、目の前のその人が。

手のひらにある紋様が……。

こぼれる涙を目の当たりにすることで。

誰であるのか、サウザンは本能の部分で、改めて気付かされてしまったからだ。


黒い太陽……完なるものにその身体を乗っ取られた、スカーレットであることに。



元はスカーレットのものだったという炎の剣が、ゆっくりと振り下ろされる。

ロウは何かをわめき、叫んでいるが、ゆっくりすぎて聞こえない。


……いや、それは実際は、サウザンがそう感じていただけだったんだろう。

ひどく緩慢にその炎の熱気が近付いてくるのが分かって。



「……あ」


その瞬間、サウザンの目の前に現れるは白い輪。

そこからこぼれるように現れるのは、愛しき人にその魂の色までよく似た少女……スピカだった。



炎の剣は、深々と少女を貫き焦がす。


「かっ」


乾いた、弱弱しい呼気が、サウザンの耳に届いて、飛び散る鮮血。

それが、サウザンの視界を赤く染めて……。



バババチィッ!


「ぎぃっ!?」


緩慢なサウザンの時が戻ったのは。

目をくらませ迸る雷が落ち、完なるものが剣ごと炎の半身を吹き飛ばした、その瞬間であった。

そのまま駆け寄り、爆ぜる雷に吹き飛ばされるスピカ。


「……っ!」


サウザンは、そんなスピカが地面に叩きつけられる前に、何とか抱きとめることに成功する。


すぐに、サウザンの胸を腕を、スピカの真っ赤な血が染めていく。

焦がしながら貫かれたスピカの傷は、目を背けたくなるほどの致命傷。

流れ出す血とともに、どんどんスピカの身体が冷たくなっていくようで。

サウザンは叫び出したいほどの絶望感に包まれる。



「やく……そく通り……まもった……よ」


それなのに、当のスピカは笑うのだ。

何だかすごく、得意げに。



「ど、どうして、こんなことっ……!」


返せる言葉などないことを分かっているのに。

サウザンはそう問わずにはいられない。


「……って、ボクも……ちゃんの……のに……なりたか……っ」


そんな無謀なサウザンのためにと。

何とか言葉を返そうとするスピカだったけれど。


それは言葉にならない。

最後まで告げることなく途絶えてしまう。


それは聞きたかった事を聞けないままに消えてしまったリコリスの時の絶望のワンシーンに類似する。

そんな風にも思えるのに。

サウザンに抱きかかえられたまま幸せそうに笑うスピカが。

嬉しそうに委ね眠るスピカが、それを真っ向から否定する。


絶望することなどなにもない、とでも言わんばかりに。




「サウザン……」


頭上から聞こえる、ロウの全てを悟ったかのような、そんな呼びかけ。

サウザンはスピカを優しく横たえ、そっと顔をあげる。

そこには、命をかけたスピカの一撃を受けても、変わらずにそこに存在し続けている完なるものの姿がある。

……いや、心なしかそれは自失して立ち尽くしているようにも見えて。




「一流の歌い手に歌詞を見て歌う愚か者はいない。……意味は分かるな」

「もちろんだよ、ロウ師匠」


それは、本を失ってなお、サウザンを信じ笑顔で身を挺したスピカのおかげ、といってもいいのだろう。

言いながら一歩踏み出すサウザンに、完なるものが反応し揺らめく。

一層羽ばたきの強くなる闇の翼。



「愚かな真似を。みすみす死を選ぶとは……」


理解しがたい、そんな風の完なるものの呟き。

それに対しての返事は。

ロウが繰り出す、軽快なリズムと、伸びのあるメロディだった。



「そ、それはっ? ま、まさかっ。本は失ったはずっ」


驚愕の声。

かぶさるようにして響くハミング。



「やっ、止めろぉぉーっ!!」


完なるものの悲痛の叫び。

だがその中には、涙出るほどの歓喜が含まれている。

サウザンは、そのことに確信を持って。

スピカと……目の前にいるものへの期待に応えるために。


口を開き、歌を紡いた。




―――儚く脆い命、それでも夢は無限で……。


それは、サウザンが一番好きだった歌。


―――幾度となく絶望を見ても、夢は幻にはならない……。


一番恐ろしくて、強くて優しくて、何にも負けない、そんな歌だった。



―――燃えさかる心は、遥か高みに飛び立ち、ただ一本の道を示す……。


ロウはその歌がもたらす力のことを、こう言った。

歌によって起こる全てのことを、なかったことにする歌なのだと。

究極の平穏をもたらす、唯一完なるものが完ならざるものになる力なのだと。



―――戦うことではなく、自分に勝つ……そんな光に照らされた道を……。


それはすなわち、歌うことでロウの終わりが来るだろうことも意味していて。

絶対に終わらせたくないとサウザンは思っていたけど。

歌いたくないって、そう思っていたけど。



―――現実に隠された、本当に届くまで……僕らは走り続ける……。


その歌を信じて、そう歌に願いを込めて。

サウザンは魂を燃やして歌う。


それが、【千曲魂奏】。

サウザンの、一番好きな歌。


全てを始まりに変える歌。

心削りながらの、ロウのメロディに乗せて、歌は響き歌は届く。


そこにいる全てのものに。

そこにいる全てのものを一つにして、繋げるかのように。


それを証明するかのごとく。

その場は燃えるように暖かい、同一色に染まる。


みんなが同じものになって。

その心を知ることができるようになる。




(……あ)


その時、サウザンの心に触れてきたのは、完なるもののその心。

その悲劇の記憶だった。



そこで初めて、サウザンは思い知ることとなる。

お互いが傷つけあい滅せようとする気持ちがある限り。


真の平穏は決して訪れることはない、ということを……。



             (第35話につづく)








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