第35話、go with you
「……はっ」
「あ、目が覚めた?」
ピンチだったサウザンを庇って、何だかものすごい恥ずかしいことを言って気を失った気がして。
はっとなってスピカが起き上がると。
目の前には安堵交じりのサウザンの顔があった。
その距離は予想だにしないほどに近くて、慌てふためいてその場を転がるようにして離れるスピカ。
それにより、サウザンに膝枕をされていた事実に気付き、余計に顔から火が噴き出しそうになるスピカだったけれど。
明らかに致死ダメージを立ったはずの傷は、スピカ自身が目論んだ通り、すっかりさっぱり綺麗に完治していた。
……まるで、初めからなかったかのように。
「えっと。黒い太陽の人は?どうなったの?」
「取りあえずは……サウザン様の歌で鎮まったってとこかしらね?」
「あくまであの炎の家供(ファミリア)にとりついとった分、じゃがな。……まぁ、これでしばらくは夜でも外を出歩けるじゃろうがの」
首を傾げてそう問いかけるスピカに、無事だったらしいハルカとロウが、そう答えてくれる。
その場には重くのしかかるようにうずくまっていた闇の気配も、肌をじりつかせる炎の気配もない。
ついでに、漲るような力を与えてくれていた流脈も吹き飛んでしまっていたようだったが。
「炎の家供(ファミリア)か。僕にはあれが母さんに見えたけど……」
「まだ言っておるのか? あれは確かにスカーレットの家供(ファミリア)じゃったぞ。まぁおぬしの家供(ファミリア)となった今となっては、おぬしの記憶がウソをついていないのが分かるから困りものじゃが……」
基本的には実体を持たないという完なるもの。
この世に具現化するために乗っ取ったと思われるあの炎の女性が、サウザンにはスカーレットのように思えて仕方がなかった。
炎の身体を持っている時点で似ても似つかないのだが、どうしても心の深いところで、そう思ってしまうのだ。
「あ、でも、わたしもサウザンさまの言いたいこと分かります。なんて言えばいいのか、感覚ですけど」
そんなサウザンに、同意の言葉を述べるのは、これまた無事だったマリだった。
おそらく、サウザンに次いでスカーレットと接した機会が多かったからこそのマリの言葉なのだろう。
一瞬、ロウの言うところの家供(ファミリア)が人の姿を取って自分たちのことを世話していた、なんて情景が浮かんだが……。
問題なのは、その事じゃないのだろう。
何故スカーレット、あるいは彼女の家供(ファミリア)が、黒い太陽に乗っ取られる事態に陥ったのか。
試練の本当の目的をこなすために、この喜望の塔へやってきているはずのガーベラやスカーレットはどこにいるのか、と言うことのほうが重要だった。
完なるものを歌の力で鎮めることができたのはいいとしても、完なるものが完全にいなくなったわけじゃないことはサウザンが一番よく分かっていたし、まだ何も終わってなどいない。
そんな気持ちが、サウザンの中では強かった。
「え? あれれ? マリちゃんもロウさんも、何だかサウザンちゃんへの態度が……」
しかし。
とりあえず引き続きガーベラたちを探そう、そうサウザンが提案するよりも早く。耳ざとく状況の変化に気付き、そんな事を言ってくるスピカ。
「ふむ、あのとっておきの歌を使うことでわしもお役御免かと思ったんじゃがの。こやつ……いや、サウザン様からヒマをもらえなかったんじゃよ、これが」
「いえ。その、何て言いますか。わたしだけ仲間外れは嫌だったっていうか……」
それにロウは呆れたように、マリは赤くなってもじもじしながら、そんな事を口にする。
ざっくばらんの簡潔に言えば、ロウもマリも、サウザンとの家供(ファミリア)契約を結んだ、ということになるのだろう。
ロウの言うとっておき……【千曲魂奏】は、先にも述べた通り、歌によって起こったことをなかったことにする力である。
それは、完なるものだけでなく、他の者にも影響を及ぼした。
元々サウザンの家供(ファミリア)であるということで、ハルカやババロアは受けた傷が塞がれた程度ですんだが、ロウはそうはいかなかった。
取って置きを使えばロウはその役目を終え、消える。
それは、ロウも覚悟していたわけだが……。
サウザンが、それを許さなかったのだ。
消える前にサウザンは、ロウと家供(ファミリア)の契約を結んだのだ。
上にいたのが下につくことになってしまって?
少し不満げなロウではあったが。
だとするとマリがサウザンの家供(ファミリア)となったのには、一体どんな関係があったのだろう。
スピカがそう思っていると、サウザンが何だかすごく申し訳なさそうに口を開く。
「いや、その多分、薄々気づいているとは思うんだけどさ、スピカさんの傷、思ったよりひどくてさ……ええと、その、なんていうか、手遅れだったといいますか、家供(ファミリア)になってもらうしか術がなかったといいますかね……」
その言葉は、じわじわとスピカの心に染みてきて。
「そ、そっか。ううん、大丈夫。いや、大丈夫っていうか……」
それを期待していたから、自分の身の危険を省みずサウザンの事を庇えた、などとは口が裂けても言えないスピカである。
世界にほんの少ししかいない人間。
そんな人間が世界にずっと生きていく。
つまり子孫の繁栄をしていくためには、ライバルに対し遅れをとるわけにはいかない。
ちゃっかりそんな事を考えていたなんて死んでも言えないスピカである。
でも、それは別に構わない、といったニュアンスは伝わったのだろう。
何だか気まずい……でもそんなに居心地は悪くない、そんな空気が広がって。
「いやぁ、若いっていいねぇ。おじさんドキドキだよ。参ったねハルカさん。強力なライバルが二人も増えて」
「なっ……何をおっしゃってますの!? わたくしはそのようなことっ!」
「……っ」
どう見てもおじさんなんて年には見えないババロアのからかうような言葉や、ハルカのいつもの照れ隠しはともかくとして。
恥ずかしげに俯くマリを見るに、つまりはそういうことなのだろう。
当の本人はどんなリアクションをしているのだろうとサウザンの事を伺い見れば。しかしサウザンは、心ここにあらずというか、後ろめたさを感じさせる笑みを浮かべていた。
サウザンには他に心に決めた人がいる。
その面影をスピカに見ている。
どこか聡い部分のあるスピカは、実はその事に気づいていた。
気づいていて、だからどうしたって感じだった。
むしろそれは自分にとってのアドバンテージだと、そう思っていて。
一生付きまとえる権利を持たせたこと、後悔するといいよ。
なんて内心だけでスピカが思ったとき。
「……そこにいるのは誰?」
サウザンの表情がきりりと引き締まり、誰何の声を上げる。
死角になっている岩壁の向こうから、闇の気配が噴き出したのはその瞬間で。
その岩壁から幽鬼のごとく姿を現したのは。
一人の少女……サウザンの先輩の、キラリであった。
「皆のもの、気をつけよ。そやつ、完なるものにとらわれし偽物ぞ」
低い、ロウの声。
だがそれは、言われずともサウザンにはすぐに分かった。
何故ならば、流れ出す闇の気配を隠しもせずにキラリは笑っていたからだ。
「私のことなんかどうでもいいのよ。見ての通り感動する歌を聴かされて満足しちゃったから……そのうち消えるもの」
だが、キラリの様子は、今まで見た黒い太陽に乗っ取られた者達とは様相が異なっていた。
溢れる闇の気配は言葉通り、消える間際を示しているのだろう。
闇が零れるたびに、その身体が薄くなっているのが分かる。
そんな彼女が何故こうして姿を見せたのか。
もしかしたら、何か伝えたいことでもあるのかもしれない。
サウザンは確信を持ってそう思い、皆を制して一歩前に出る。
「何か僕たちに伝えたいことが?」
「ご名答。少しお節介と言うか、まがりなりにも親友としてあの子の為になることをしようかなって思って」
人らしい起伏に富んだ、そんな物言い。
その時には既に、サウザンには目の前の人物が本物のキラリのように思えていて。
彼女の親友と言えばガーベラのことだろう。
ガーベラの事は、今まさにサウザンが知りたいことだったから、身を乗り出すようにして言葉の続きを待つ。
「あの子の居場所……ううん、時の扉がある場所、知りたくない? 実はさ、それってここじゃないんだよね」
それは、青天の霹靂な衝撃の言葉で。
サウザン達は顔を見合わせて。
次の瞬間には、それに頷いていた……。
(第36話につづく)
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