第9話、Burning my soul
「その場にいなくてよかったのか悪かったのか……まぁ、大事にならないでよかったよね。被害がサウザンの髪の毛ちょっとと、天井が焦げただけですんで」
所変わって、サウザンたちのクラス、2‐火組。
「他人事だと思って」
「まぁ、ひとごとだしねぇ」
ほうほうのていで午後を迎えたサウザンは、リコリスとマリとともにクラスの出し物の手伝いに戻ってきて。
お客さんの来ない暇を持て余し、あったことをディコに話せば。
返ってきたのはほんとに他人事な、だけど悪意のないディコのそんな言葉だった。
「ガーベラさんがあんな怒るなんて、わたし初めて見ました」
「……愛されてるじゃない。お姉さんに」
マリはしみじみと、リコリスは通常より三割り増しに不機嫌な顔でそんな事を言う。
「はは、そうだね」
サウザンは、それを苦笑交じりの疲れきった顔で、頷くしかなかった。
ガーベラが、部活動でしかお目にかかれないような一撃を繰り出してからはもう、大変だった。
咄嗟にガーベラにしがみ付いて噴き出した猛る炎柱の軌道を逸らしたまではよかったものだが。
それが天井にぶち当たって、天の怒りをかった……のかどうかはともかく、スプリンクラーと言う名の雨を周囲にもたらしてしまったのだ。
当然、店の営業も一時中断。
決まった時にしか降ることのない雨に打たれて、その場は避難する人たちで一時的にパニックになったが。
『魔剣道部』の優秀な面々のフォローもあって、それは大した騒ぎにはならず、今は午後の営業を再開していた。
そういう意味では確かに大事にはならなかったわけだが。
一番ありえない人の、ありえない失態に何より驚き、落ち込んでいたのは当の本人だった。
何よりガーベラを落ち込ませたのは、騒ぎを起こした自分自身が何のお咎めもなかったことだろう。
何せ天下の神候補にして、ジャスポース学園最高とも謳われた生徒会長だ。
彼女の為すことは正しい。
そんな常識めいたものが、この学園にはまかり通ってしまっている。
事実、失神していたリーダー格の少年も、逃げたのをどさくさに紛れてナナに捕まえられて震えていた少年たちも、いろんな意味で涙を流して、自らの非を認めていた。
今思えば、そこまで悪いことはしてなかったようなと思わないでもないサウザンだったが。
結局。
ナナは少し不満のようだったが。
それがあまりにも不憫に思えたので、お互いこのことは忘れようってことになった。
ガーベラにとっては、最後の祭だったから。
破目を外したいって部分があったんだろう。
だからあまり気に病むことはないって周りが諭しても、一向にガーベラは沈んだままで。
自分がしたことが自分でも信じられない。
そんな感じなのだ。
「僕、嬉しかったよ。姉さんに心配してもらえて」
そんなサウザンの天然の殺し文句も効果はなく。
「だったらイベントに参加して盛り上げることで、罪滅ぼしにすればいい、か。……言うねぇ。センも」
からかう気配などまるでなく、心底感心したようにそう呟くディコ。
「……はは」
それにサウザンは、ただ苦笑を浮かべるしかない。
確かに、それでガーベラはしぶしぶながらも納得してくれたわけだが、その後がまずかった。
それが、リコリスが不機嫌になってる一番の理由だと言ってもいい。
参加するイベントのこと、ほんとの神候補がミスコン……学園の女神を決めるイベントに出たら面白いんじゃない……なんて言い出したのはキラリで。
初めは恥ずかしいのかそれに渋っていたガーベラだったけど。
だからこそ罪滅ぼしになるとそう思ったのだろう。
他の四天王すら巻き込んで、ミスコンに出場する破目になっていて。
「これはタフな戦いになりそうだな、面白くなってきた……なぁ、リコ?」
その事に、リコリスが内心焦りを覚えてたのは確かだったんだろう。
だが、リコリスもそれに出場するということを、何故か知っていたシュラフが、みんなの前で、サウザンの前でばらしてしまったのがまずかった。
言わなかったことの気まずさと恥ずかしさ。
そのせいで、リコリスはずっと不機嫌なわけだが。
気にしていない、なんて言うのも変な気がするし、なんのために出場するのか、そんな話題をふるのも野暮なような気がするサウザンがいて。
何より困ったのは、同じ日同じ時間にジャスポース学園最強決定戦があって、それに出場するという話をこれからするつもりだった、ということだった。
これだと見に行くこともできないし、見に来てくれ、なんて今更言うわけにもいかない。
不機嫌、というわけでもないが、サウザンもそんなリコリスと同じくらい何だか気まずくて、そんなリコリスと顔を合わせづらかったから。
サウザンは、自分のクラスの展示物を。
お客さんの少ない中、手持ち無沙汰に観察していた。
見やすいように模造紙にマジックで大きめに書かれた過去の遺物……詩。
その原文と歴史考察、それについての思うことを、クラス全員が一人一文ずつ書いている。
完成するまでにも何度かその内容を見てはいたが。
改めて教室中、所狭しと各々の個性を持って並んでいるそれを見ると、サウザンは何だかえもいわれぬわくわく感を覚える。
恋の話。
戦いの一幕。
世界を守ると誓う話。
何気ない日常。
寂しい夜と、希望の朝。
とりどりの花の話に星の話。
壮大な物語のプロローグに、心に残るショートショート。
上げればきりがない。
サウザンたちと変わらない価値観のものもあれば、意味不明なものもある。
最初は恐る恐る、何を題材にするかって考えていたクラスメートたちも、その内容を知るうちに、これが好きだとか嫌いだとか、ここが泣けるとか感動するとか、熱く激論を交わすほどになった。
結果的に見れば、お客さんというか見物客の出入りは少ないけど、その事を考えれば、いい出し物だったんじゃないかなとサウザンは思う。
何より、仲間たちの普段見られない部分を垣間見ることができて、何だか楽しかった。
例えば、ハヤテの詩。
静謐な瞳の色をした少女の話。
シュラフの詩。
鉢を飛び出した小魚の話。
ディコの詩。
ずっとの約束をした夕陽の話。
何度も見ているのに、飽きることなく楽しい
何か新しい発見があるような、そんな気分になる。
そして、次はサウザンの選んだ詩。
渾身の一番。
改めてその出来栄えを見てやろうと思ったら。
そこには先客がいる。
「現実に隠された真実(ほんとう)を探すため、僕らは歩き続ける……か」
そこにいたのは、マリだった。
一瞬、その禁じられた……誰も知らないはずのメロディを歌にしているのかと、びくりとなるサウザン。
だが、当然のように何も起こらない。
どうやらただ、その一文を口にして読んだだけらしかった。
「お、お客さんお目が高いね。今まさに口にした部分が僕のお気に入りさ」
「あっ、サウザンさん。わ、わたし口に出してました?」
柔らかな空気が揺らぎ、ちょっとだけ慌てるマリ。
こくこく頷くと、繕うように言葉を続ける。
「えと、その。この大さびって何ですか?」
示したのは原文の脇に、サウザンが勝手につけた注釈の部分。
「あ、それ? 何かその部分が一番盛り上がるような気がして、勝手につけたんだ」
「へぇ。そうなんですか」
何だかとても感心したらしく、しみじもと相槌を打つマリ。
サウザンは、それに気恥ずかしくなって。
そんなサウザンの展示物の隣にあったリコリスの詩、さらにその隣にあったマリの詩を眺めた。
「なんかさ、二人して暗いっていうか、目茶目茶泣けてくる感じの詩だよね。マリさん、こういうの好きなの?」
リコリスの選んだ詩は、余命いくばくもない少女が、せめてその想いだけは伝えて眠りたい……といった風のものだった。
いかにもリコリスが好きそうな題材だが、初めてそれを見た時、リアルに泣きそうになった記憶がサウザンにはある。
そんなわけがないのに、その少女をリコリスとたぶらせてしまったからだ。
「ええ、大好物ですね。見てると元気になります」
「うへえ。すごいな、僕には無理、心臓に悪いもん。っていうか、マリさんのも相当くるよね。どうせみんな死んじゃうとか、世界滅んじゃうとか、なんでこれでタイトルが『空』なの? 切ないってレベルじゃなくない?」
マリのちょっと信じられない言葉に、本気で心臓がズキズキして、思わず胸を押さえ、しかめ面をするサウザン。
「ふふ、それはそこばかり見てるからですよ。全体を通して見ないと。それに、結局は舞台の向こうの遠い話ですから、楽しまなきゃ損でしょう?」
すると、そんなサウザンがおかしかったのか、くすくす笑いながらマリはそんな事を言った。
「う~ん、そう言われると、分からなくもないのかな。でも、そうやって考えるとリコのも新たな発見があるような気がするね。何ていうの? すっごく自分に酔っちゃってるっていうかさ」
自分とは関係ない、つくりものの世界の話。
遠い過去の話。
それをマリが言うように舞台に見立てて見る側になると、胸を締めていた悲しみが別のものに取って変わるのが、何だか不思議に思うサウザンである。
他人の不幸は蜜の味という言い方は悪いのかもしれないけど、それに似た奇妙な優越感を覚えるからだ。
「誰が何に酔ってるって……?」
「うほぁっ!?」
「きゃっ」
だが、そう言いながらのサウザンの苦笑は、ふいに固まり、ひきつった。
いつの間にそこにいたのか、上から吊るしてあるだけの模造紙の反対側に、リコリスが幽鬼のごとき怖い顔で立っていたからだ。
紙と紙の隙間から見える朱を宿した黒い瞳が、何ともホラーで、二人して間抜けな声をあげてしまう。
「ちょっとリコ! 脅かさないでよぅ」
「ふ、ふん。二人で仕事さぼって仲良さげに話してるからいけないのよ」
見る人もろくにいないクラス展示に仕事も何もないのだが。
そんなあまりにもいつも通りなリコリスの姿に、サウザンは思わず笑みをこぼしてしまう。
何かできまずくなっても、こうやってすぐに元に戻れるところが、サウザンがリコリスを好きなところでもあって。
「何がおかしいのよ」
「いやぁ、僕に完全に酔っちゃってるんだなぁって思って」
すっかり元の調子に戻ったサウザンは、一層笑みの度合いを深めてそう言った。
「ばっ、ばっかじゃないの!?」
お約束通り、真っ赤になったリコリスは、ばたばたと逃げるようにその場を走り去って。
聞こえるのは、呆れたような深い深いマリのため息。
「これでどうしてくっつかないのか。ジャスポース学園の七不思議ですよね」
「うーむ。僕も身に染みてはいるんだけどさ……」
それに、頬を掻いて苦笑するサウザン。
どうしてなんてこっちが知りたいくらいだよ、なんて思ってると。
そこでちょっと真剣な顔をしたマリと目が合う。
「ミスコン、見に来てあげてくださいね。強敵が現れましたけど、あの子、諦めてませんから……」
だが、すぐにこれはオフレコですよ、なんて言って笑って。
マリは走り去っていったリコリスの後を追いかけてゆく。
「まいったなぁ」
その場には、心底困り果てている、そんなサウザンの呟きだけが響いていて……。
(第10話につづく)
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