第10話、ずっと伝えたかった I love you


結局、その答えが出ないままサウザンは。

ジャスポース学園最強決定戦と、ミスコンが行われる四日目を迎えてしまった。



「……まいった、どうしよう」


いつもの道を歩きながら、変わらず考え込んでいて。


「何に参ってるの?」

「はわっ」


思いも寄らぬ人……リコリスに声をかけられて、思わず声をあげて飛び上がってしまう。


「おはよ……って、そんな驚くことないでしょ」

「お、おはよう。いや、だってさ、もしかして迎えに来てくれたの? いつももっと先で待っててくれてるのに」


こんなところにリコリスがいる理由。

サウザンにはそれくらいしか思いつかなかった。



「ち、違うわよ。そんなんじゃないし、そもそもいつもだってセンを待ってるわけじゃないもん。みんなに付き合ってるだけだもん……」


いつものお決まりのリコリスの言い訳。

思わず朝から顔が緩むサウザン。

にこにことそんなリコリスを見ていると、リコリスは慌てて取り繕うように言葉を続けた。


「と、とにかく、そんなんじゃないんだからっ、今日は用があってきたの!」

「用? みんながいるとこじゃ話せないことなの?」

「そう、そうじゃないけど! ほ、ほら、昨日マリ、あんたに変なこと吹き込んでたでしょ?ミスコンを見に来てくれとかなんとか」

「あ、うん。きいたけど」


それで一人でリコリスはここにいるのだろう。

次にリコリスがなんて言うのか想像できてしまって、サウザンはおかしかった。


「いい? 見に来なくていいからね! あんたになんか見に来られたら、迷惑なのっ!」


基本リコリスは天邪鬼だ。

そう言うからには本当は来て欲しいのだろう。

サウザンはリコリスのその言葉を、そんな風に解釈して。

ふと灯りともるように、天啓が訪れる。



「そこまでリコが言うなら、遠慮しておくよ。実はさ、僕、ジャスポース学園最強決定戦に出ることになってて、どうしようか迷ってたとこなんだ」

「え……?」


思っていた答えと違う、そんなリコリスのリアクション。

サウザンは、そんなリコリスに対し畳み掛けるように言葉を続けた。


「出るからには優勝する。もし優勝できたら、リコに伝えたいことがあるんだ。

後夜祭が始まるまでに、伝説の樹の下まで来て欲しい」


言いながら、これってもうほとんど告白のようなものじゃないのと気付き、自然と顔が赤くなるのを自覚するサウザン。

突然のことに揺れるリコリスの瞳。

なんとなく耐えられなくなって、サウザンは視線を逸らす。

そして、そのままリコリスの返事を待った。


サウザンとしては、そんな事万が一にもないと思っていたけど。

ここで断られるようなら、いっそのことジャスポース学園最強決定戦も辞退してミスコンの応援にでも行こうか、なんて考えつつ。


「伝えたいこと……それって、今ここで話せないの?」


返ってきたのは、さきほどまでの動揺はどこへやら、ちょっと真剣な口調のそんな言葉で。


「あ……いや、うん。優勝してからじゃなきゃ、言えない」


一瞬、サウザン自身ももっともだと思ってしまって。

この勢いのままに想いを告げることも考えたが。

今更告白のたあめにあげたハードルをを下げてしまうのもみっともない気がして。

サウザンは首を振ってそんな事を言う。



「……そう、分かったわ。伝説の樹の下、後夜祭の前ね。覚えてたら行ってあげる」

「期待して待ってるよ」

「ふ、ふん」


無理矢理な高圧の物言いに、サウザンは思わず笑みをこぼして。

それがしゃくに障ったか、そっぽを向き、もう用は終わったとばかりに先に歩き出してしまうリコリス。


せわしなく揺れる、リコリスの黒い髪。

さらさらとこぼれ、陽の光を受けて天使の輪が輝く。

それは相変わらずの、サウザンの好きなリコリスの一面で。

そんなことばかり考えてる自分に苦笑して、サウザンはその後を追いかける。


その見えないリコリスの表情に浮かぶもののことなど、サウザンは知る由もなく……。




          ※      ※      ※




そうして。

サウザンはジャスポース学園最強決定戦へと望んだサウザンだったが。

気合いを入れて望んだその一大イベントは、サウザンの想像を絶するほどに盛り上がらなかった。


そもそも、目玉イベントであるミスコン同じ時間に当ててしまったのが間違いだったんだろう。

何より、学園のアイドルである魔剣道部の四天王が、軒並みミスコンに参加することになってしまったのが大きかった。


観客は、ほとんどそっちに流れ、選手の中にはミスコンを見るために棄権するものまでいる始末。

選手だけでなく、主催者側もいまいち力が入っていなくて。



(こんなはずじゃ、なかったんだけどなぁ)


まばらな観客の中、模造刀を右手に優勝の小さなカップを左手に、盛り上がらない表彰式の舞台に立つサウザンは、内心そんなぼやきをもらしていた。


ロマンティカの名を持つ、神候補であるガーベラに小さな頃から鍛えられてきたサウザンに、お遊びの試合が期待外れなものに映るのは、仕方がないことだったのかもしれない。

だが、自身の実力のほどに全く気付いていないかったサウザンにとっては、他の選手の手応えのなさに、理不尽な怒りすら覚えていた。


上げたと思っていたハードルは恐ろしいほどに低かったらしい。

手に汗握るような苦難。

それを乗り越え、勇気を身につけ告白に望もうと思っていたのに。

豪快な肩透かしを食らってしまった……そんな感覚で。



(第一、『楽具(ウェール)』の使用禁止ってのがなぁ)


『楽具(ウェール)』。

それは、かつて『ウェポン』とも呼ばれた、ジャスポースに暮らす人なら大抵は持っている唱力の結晶であり、個性だった。


人によって様々な形を取るそれは、生まれながらの相棒で。

その人を助け、守り、役立つ力になる。

サウザンの所属している魔剣道部は楽具を様々な武器に具現化させたものたちが入る部で。


その内容はジャスポースの治安を守ることであった。

特に世界の外壁部分(人の暮らす土地を未だに広げ続ける最下層部分、あるいは黒い太陽が座して支配すると言われる天井部分)から染み出してくる、黒い太陽のカケラを排除する、というのが主だった部活動であるが。


そもそも、誰にでも務まるものではない。

楽具を操ることが苦手なサウザンが、ガーベラのフランベルジュを真似るかのように、炎噴き出す短刀を作り出せるようになったのはごく最近で。

同じ魔剣道部の人間も多く参加していたから……楽具が使えたのならこんな気の抜けた試合にはならなかったと、思わずにはいられないサウザンがそこにいて。


まばらな拍手の中、参加者と労をねぎらい、でも内心憂鬱な気持ちになってゆくサウザン。



(断った手前でなんだけど、ミスコンでも冷やかしに行くかな……)


今からなら結果発表には間に合うだろう。

当然リコリスは嫌な顔をするだろうが、ガーベラたちがミスコンに出場することになったのは、そもそもサウザンの一言が原因だし、そこら辺でいくらでもいくらでも言い訳がきくだろう。

そう思い立ち、ミスコンの会場へ向かおうとして。



「サウザンさん!」

「あれ? マリさん? どうしたのこんなとこに」


マリを含めたクラスの仲間たちは、全員がミスコンの会場にいるはずだったから。

サウザンは首を傾げてそう聞き返す。


「ど、どうしてミスコン会場にいないんですかっ? 昨日約束したじゃないですかっ!」

「えっ? あ、そうだった。マリさんには言ってなかったっけ。ごめん。朝リコに会ってさ、来なくていいって言われたもんだから」


珍しく、マリが怒っている。

サウザンはそれに戸惑い、しどろもどろにそんな言い訳をする。



「そ、そんなのリコの強がりに決まってるでしょう!? せっかくリコが決意をしてミスコンに参加してるのに、サウザンさんがいないんじゃ意味ないじゃないですかっ!」


どうしてそこまでして、というくらいマリの言葉は強かった。

でもその言葉で、リコリスもサウザンと全く同じようにミスコンの舞台に出ることに大きな意味があった、ということに気付かされる。



「ご、ごめん」


多少の理不尽さもサウザンは確かに感じていた。

けど、そんなマリの迫力に圧されるように発したのは、そんな言葉だった。


「……っ、いいから、早くついてきてください! まだ間に合うかもしれませんっ」

「う、うん」


素直に非を詫びたからなのか、一瞬素に戻ったマリだったが、次の瞬間にはサウザンの手を取り走り出してしまう。

まばらとはいえ周りのギャラリーが見てるところでのやり取りだったって気付いたのはその時で。


サウザンは、マリの思っていた以上に小さな手の感触にむずがゆいものを覚えながらその場を後にして。


結局、手を繋いだままミスコン会場までやってくる破目になってしまう。

マリがそれに気付いたのは、ほとんどの生徒がここに集まってるんじゃないかって思えるほどに人のあふれた会場……『洗心館』の入り口までやってきた所で。



「ご、ごめんなさいっ」

「う、ううん」


何とも言えぬ気まずい雰囲気に陥りつつも、人のごった返している、暗い会場へと入って。



『……栄えあるグランプリは!』


タイミングがいいのか悪いのか、ちょうど聞こえてきたのはそんなアナウンスで。



「あぁ……」


絶望にも近いマリの呟き。

どうしたんだろう?

なんてサウザンがのんきに思っていると。



『ガーベラ・ロマンティカさんです!』


会場に、その言葉とともに割れんばかりの歓声が沸き起こる。

その歓声に、照れくさそうに手を振って答えるガーベラが、舞台の中央にある表彰台の、地番高い場所にいて。

二番目に高い場所で俯く、リコリスの姿が見える。



「二位か……」


辛そうな表情。

見ていられない。


「間に合わなかった……ごめんね、リコ」


そこに、悔しそうなマリの呟きが届いてくる。

それが、あんまり悔しそうだったから、サウザンの中で何かが弾ける。


リコリスが一番だと、自分にとっては一番だと、そう叫びたかった。

故に……駆け出す。

止まれなくなったサウザンの瞳には、もうすでにリコリスしか見えていなくて。



『おーっと! 突然の乱入者だ!』


煽るようなそのアナウンスも、サウザンには届かない。

そのままサウザンはリコリスの目の前までやってきて。

びっくりしたままでそんなサウザンを見上げるリコリス。


潤んで光る黒の中に混じった朱。

見ているだけでサウザンは泣きたくなって。

そこにひゅうと、からかうようなキラリ(三位だった)の口笛が届く。



「……っ」


幸か不幸か、サウザンが我に返ったのはその瞬間だった。

気付けばリコリスを抱きしめてしまいそうな、そんな体勢でとっさに手に持っていた優勝カップをリコリスに手渡す。


僕にとってはリコリスが一番。

言葉交わさなくても、それは確かにそんなサウザンの意思表示で。



「な、なにして……」


みるみるうちに赤くなっていくリコリス。

それはサウザンも同じだっただろう。

このままここにいるとどうにかなってしまいそうで。



「そういうことだからっ!」


そのままくるりときびすを返し、その場から逃げ出すサウザン。



『ふ。……試合に勝って、勝負に負けた、と言ったところか』


マイク越しに、しみじみとそんな事を呟くガーベラがいて。


会場は、その日一番の喝采に包まれたのだった……。



              (第11話につづく)






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