第8話、エピソードをつくりだせ!


それは……クラスの出し物を決める話し合いの時だ。


ハヤテの指揮のもと、いくつかのありきたりな案が出される中、意見を出したのはマリだった。

過去の遺物、忘れられた、忘れるべき存在である歌(カーヴ)。

それに添えられた詩の研究発表をしようと言い出したのは。



当初は、クラスの中でもそれに嫌悪の意を示すものが大半だった。

何せそれらの載っている記録書は、図書館にもないような禁書の類だったからだ。

だが、それをクラスの出し物へと主張するマリの姿は、いつになく真剣なものだった。


それは、昔の人々の人生そのもので、心そのものなのだと。

闇に葬られるべきではない、ずっと伝えていくべきものなのだと。


結局それに、最初に賛同したのは歌を口にすることの怖さを一番知っているとも言えるサウザンだった。

その裏には、そう言った禁書の類が、ロマンティカ家にあるということもあったが。


それが恐怖を誘うものである一方で。

サウザンの興味を、好奇心を刺激するものだったからだろう。

何より決め手になったのは、それにリコリスやディコも賛同してくれたことだった。


特にディコは誰よりも張り切っていて、危険を考えた上で渋る担任を説得してくれたのも彼だった。

詩そのものだけでなく、そこから歴史を学びとり研究する、ということにして。

いざその準備が始まり、その資料を手に入れられるかどうかが懸念されたが、サウザンがスカーレットに話をつけることであっさりとそれは解決した。


何でも、音の記された譜面でもない限り、詩だけならばそれほど危険なことはないらしい。

スカーレットは、むしろ嬉々としてその本を貸してくれた。

結果、音楽会のための練習の3分の一ほどでその出し物の準備は完成したわけだが。


唯一の不満なのは、訪れる人たちの反応だろう。

その客足が少ないだろうことは、まぁ想定の範囲内だったのだが。

ロマンティカ家に所蔵されている貴重な資料を一目見ようとやってきた歴史家や研究者を除き、その大半が怖いもの見たさでやってきていたからだ。


その、お化け屋敷にも勝るとも劣らないくらいの客の反応に、残念がっていたマリが印象的で。

どっちの気持ちも分からないではないサウザンは、心中複雑だったけれど。



「っていうか、わたしたちにばかりに任せてセンも手伝いなさいよ。……部活の方が大変なのは分かってるけどさ」


サウザンのついだ、さもない水を両手で抱えて大事そうに飲み干した後、案の定拗ねるようにリコリスはそんな事を言った。

なるほど、三人は……そんなリコリスの付き合いで、ここの冷やかしに来たのかと、サウザンは深く納得する。


ハヤテとシュラフは、からかうようなニヤケ顔。

きっと面白がってついてきたに違いない。

対するマリは苦笑を浮かべていて。

きっと、一人じゃ恥ずかしいやらいやだからとかで、責任者なのに無理矢理引っ張られてきたのかもしれない。


「うん、分かった。一応昼までで交代になってるから、リコと代わればいいのかな?」

「えっ? ち、ちが……」


だからからかうようにそう言うと、リコリスは鳩が豆鉄砲くらったみたいに目をぱちくりさせ、それからすぐにあからさまにうろたえだす。

そのちょっと泣きそうな顔が見たいがために、そんな心にもない言葉を口にしてしまう自分に相変わらずどうしようもないなと思わずにはいられないサウザンである。


「そんなつれない事を言うなサウザン。彼女がどれだけ寂しかったと思ってるんだ。お前とは俺が代わってやる」

「な、何言ってるのよっ、そんなんじゃないんだからっ! うぅっ、マリもなんとか言ってよぅ」

「わわっ」


そろそろからかうのをやめようか、なんてサウザンが思っていると、そこに真面目な口調でフォローになってないフォローを入れてくるシュラフ。

そんなシュラフに向かって手を上げかけたリコリスだったが。

シュラフときたらからかってるつもりは微塵もない(ように見える)わけで。

たまった鬱憤と羞恥を、マリの胸の中で解消していた。



「ううむ。これだからやめられねえぜ」


お約束なリコリスのリアクションに、実に満足げな様子のハヤテ。

なんとなく突っ込まなきゃいけない場面のような気もするサウザンであったが。

あくまで今はお客様にサービスをしなくてはならない立場なわけで。

楽しんでいるわけだから、まぁこれはこれでいいんだろう。

サウザンがそう自分に納得させて、苦笑を浮かべた時。




「オレに触るな!」


凛とした怒気。

辺りの賑やかな雰囲気がさっとひいていく。

マリの胸に顔を埋めているリコリスという微笑ましくも眼福な光景に見惚れていたサウザンは、はっと我に返ってそちらに視線を向ける。



それは、サウザンたちのいるテーブルからはそれほど離れていない場所だった。

サウザンが見るに、この学園のことをまだまだよく知らない下級生の男子なのだろう。

見てるサウザンが切なくなってくるような、所謂不良の服を着て歩いているような少年たちが三人、だらしない、からかいと欲目の混じった顔で、ウェイトレスの一人をナンパしている。

焼きつくような真紅のエプロンドレスの、それでも尚、見る誰もがお姫様のよう、と称する金髪の髪の少女のことを。


それは、四天王の一人、ナナだった。

サウザンにとってはおっかない後輩で、四天王の中ではもっとも手のかかるというか、恐れ多い人物でもある。


肩にでも触れたか、あろうことかその髪にでも触れたか。

せっかく接客のトレーニングをしたのに、しっかりと地が出てしまっている。


しかも、もはや怒り心頭の域だった。

まずい、やばい殺される!

もちろん……その哀れな少年たちが。

その瞬間、同じ部にしてその場にいたウェイトレス、ウェイターたちの共通の見解で。



「くっ!」


間に合うだろうかと祈りながら真っ先に飛び出したのはサウザンだった。

理由は単純。

サウザンが一番近いところにいたからだ。

ちなみにこれも、『まけんどーなつ屋』のマニュアルにしっかりと記述されていたりする。


「俺っ娘きたコレ!」

「可愛い、照れちゃって」

「ちょっと肩に触れただけだろ? そんな怒んなくてもさ」

「……」


それでも接客中は切れるな暴れるなとしつこく言い聞かされていたせいか、我慢はしていたらしい。


でも、無理なものは無理しなくていいとも言ってあった。

我慢ならないことは我慢しなくていいと。

それは、「オレはそんなに乱暴者か」とちょっとへこんでいたナナにフォローを入れたサウザン自身の言葉で。



「ストッープ、ストップ!」


いよいよ破滅へのカウントダウンを開始しはじめた雰囲気の中に、割って入りそう叫ぶサウザン。


「んだテメエは?」

「邪魔なんだよ」

「てめーなんか呼んでねーよ」


それに、いかにもベタなリアクションを返してくれる下級生たち。


死にたくなかったら今すぐここから逃げた方がいい。

君たちのためを言ってるんだ。

まだ入学したばかりなんでしょ、君たち。悪戯に若い命を散らすもんじゃない。

……そう言って四天王のひとり、ナナの恐ろしさをこんこんと説明できれば、事は穏便にすんだのかもしれないけれど。

そんな事を軽々しく口にするものなら、陽の目が見れなくなるのは自分自身であることをサウザンは十二分に理解していたから。


「お客様、ウェイトレスへの接触は禁止でございます。過剰なサービスをご所望ならば、私めがお相手しますが」


その代わりに、目の前の三人だけに分かるようにメンチを切って、思い切り慇懃にそう言い放つ。


「面白ぇ、相手してやろうじゃねーか」

「ガキが、いい気になってんじゃねーぞ」

「ちょっとばかし躾けてやんなくちゃなんねえようだなぁ」


もしかしたら下級生の三人は、サウザンのことを先輩だとは思わなかったのかもしれない。

学年が分かる制服を身につけていない上に、サウザンは年相応に見られたことがないくらい童顔だったからだ。


そんなサウザンに、上から目線で生意気な言葉を吐かれたのだ。

サウザンは気付いてなかったが、先輩お姉さまたちにちやほやされやがって、なんて羨望も混じっていただろう。


それでもサウザンの思惑通りに顔を歪ませ、鼻白んでにじり寄ってくる下級生たち。

さらにその中のリーダー格らしき一人が、サウザンの胸元を掴み、ぐっと持ち上げてくる。


残り二人がニヤニヤとその脇を固めて。

それは、いわゆる表に出ろ、というやつなのだろう。

この辺りにそれっぽい裏路地みたいなものはあっただろうか。



「おい、待てっ!」


なんて事をサウザンが考えていると、後ろ手にナナの声がかかる。

怒気のはらんだ声、まずいと思い、サウザンは首だけ振り向いて口を開く。


「ナナ、ここは僕に任せて。約束したでしょ。ていうか、せっかく女の子らしい可愛い服を着てるのに、汚したらもったいないじゃない」


汚れの原因は、当然哀れな下級生たちの返り血もろもろだ、なんてことはおくびにも出さず。

そう言って向けるのは、天然素材の笑顔。



「うっ、そ、それは……」


それでナナが固まってる一瞬の隙を狙い、サウザンは囲んでる下級生たちをさりげなく押しやりながらその場を離れようとする。

ざっと見渡せば、何だか予想以上に面白がって傍観を決め込んでるシュラフとハヤテ、悪友二人の姿が目に入った。


その視線を少しずらせば、ハラハラと心配げなリコリスとマリの姿。

それに内心、首をかしげるサウザン。

そんな心配せずともサウザンが見た目通りのタマじゃないことくらいよく分かってるはずなのに、と。


それは、ちょっとした違和感。

しかしその答えは、進行方向からすぐに返ってきた。




「……何をしている」


世界の全てを凍らせてしまいかねない、絶対零度の声。

後頭部をじりじりと焼く熱波。


「ひぃっ……」

「せ、生徒会長!」


少年たちの悲鳴。

今の今までいることに気がつかなかったのかって突っ込みたかったサウザンだったが、そう叫びたいのはサウザンも同じで。


失念していた。

それより何より、彼女がそんな行動に出ることがサウザンにとっては想定外すぎた。

ぎぎぎ、と軋む首をなんとか戻し、火の唱力の発生源へと視線を向ける。

サウザンの頭上すれすれにあるのは、今にも猛り燃え盛りそうな、ガーベラの『楽具(ウェール)』であるフランベルジュの赤い刀身。


その刃は、サウザンの首根っこを掴んでいる哀れな下級生の頚動脈へぴたりと添えられていて。


やっぱり結局殺される。

誰もがそう思うほどの殺気をガーベラは放っていた。

サウザンの首根っこを掴むという暴挙……貧乏くじを引かされたリーダー格の少年は、凄みのきいたガーベラの問いに答えることはなかった。

何故なら、その殺気を至近距離で当てられて、サウザンの襟を掴んだまま失神していたからだ。



「わわっ」


勢い余ってよろけるサウザン。

じっと、頭の上の何かが灰になってしまったかのような嫌な音。

それに恐怖を触発されたのか、残った二人は言葉にならぬわめきでその場から逃走する。


「逃がさんっ」 


そのとたん、苛烈に弾ける火の唱力。


「ちょっ、カンベンしてーっ!」


そんなサウザンの悲痛な叫びも空しく。

平和で賑やかだったオープンカフェの真っ只中で突如上がった、天まで届けとばかりの炎柱。


そしてそれは。

今年の学園祭で二番目に皆の記憶に残る、伝説になったのだった……。



             (第9話につづく)





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