第7話、瞳そらさないで


結果。

サウザンたちの2‐火クラスは、全体の三位だった。

学年×12クラス、36クラスあることを考えれば、なかなかの成績だろう。

ちなみに、優勝はガーベラのいる3‐火だったわけだが。



学園祭二日目。

クラスごとの出しものや、部活ごとに出店などが解禁になる日。

『魔剣道部』に所属しているサウザンは、部が出店している、その名も『まけんどーなつ屋』へと駆り出されていた。


その名前の通り決してまからない、料金を高めに設定してあるドーナツを売る店だが、『魔剣道部』の美少女(ここ重要)四天王のうち三人……サウザンに言わせれば、強い怖い、恐ろしいが先行する猛者たちが、普段ではありえないフリフリの可愛らしい服で給仕をしてくれるということで、その評判はなかなかのものだった。



「ちょっとサウザン君、変わってくれ! 客の出入りがヤバすぎるっ!」

「は、はいっ!」


そんな中、女性客の集客のためにと駆り出されていた人員の一人、サウザンにとっては先輩になるヒバリが、その細面の優しげな顔に、脱走犯のような焦りを浮かべながら声をかけてくる。


出来合いのドーナツを薄紙に包んでいたサウザンも、一応ウェイター人員として駆り出されていたため、燕尾服もばっちりに、出動に備えていたわけだが。

気前のいい返事をしてすぐ、そんなヒバリの連れてきた人物を見て、ぎょっとなった。



「姉さん!? な、なんで、そんなばっちりメイド服まで着込んで!?」


そう叫び、信じられないものを見てしまったと言いたげな声をあげる。


「む、何かおかしいか?」

「い、いやっ、すごく似合ってる……って、そういうことじゃなくて!運営委員会の仕事は!?」


普段ではありえない姿だったから、過剰なリアクションをしてしまったサウザンだが、紫と白を基調とした給仕服は、思わずサウザンが呆けてしまうほどに彼女によく似合っていた。


サウザンの所属する『魔剣道部』の四天王、そのひとりであるガーベラは、運営委員の仕事があるので(というか、給仕をしてくれなんて、恐れ多くて誰も頼めなかった)、売り子には回らないはずだった。


おそらく、飄々としていてマイペースなヒバリがここまで焦っているのは、そんないないはずのガーベラがそこにいたからなんだろう。


売り場はパニックになったに違いない。

誰もが憧れる女神(候補)様が給仕をしてくれるのだ。

客の出入りも暴発しようというものだろう。



「少し暇をもらったのでな。せっかくだから部の手伝いに来たのだ」

「姉さん……給仕の仕方、覚えてたっけ」

「一応念のためと思ってナナたちに教わってはいたんだがな。……なかなどうも、うまくいかん。家事のようにはいかんか」


珍しくうなだれるガーベラに、苦笑するヒバリ。

家の中では普通だが、ガーベラはそもそも身分違いのお嬢様だ。

いくら完璧超人の彼女でも、こういうことには慣れないんだろう。

もてなされることはあっても、もてなす、なんていうことは。



「……ってことは、姉さんと代わればいいんですか? ヒバリ先輩?」

「まさか、ぼくと代わるに決まってるでしょ。あの地獄の世界に耐えられるのは君しかいない! ってなことでよろしくーっ」


と思っていたら、そんな事はなかったらしい。

じゃあ何故わざわざガーベラを連れてきたのかとサウザンは思ったが、そのままバタリと倒れるヒバリを見て、サウザンは何も言えなかった。


「まだ少し分からない所があってな。教えてくれると助かる。今までヒバリに頼っていたが、こういおうのはサウザンのほうが向いてると聞いたから、直接頼みに来たんだ」


恥ずかしそうにそう言うガーベラを見て、ヒバリがどんな地獄な目にあったのか、容易に想像できてしまったからだ。


「ガーベラっ、無謀にも指名してきたやつがいるわよ! ほら早く、叩きのめしちゃえ!」

「む、分かった」


ピンクのメイド服でバックヤードに顔を出した四天王の一人である、ガーベラを親友として対等に扱う希少な人物であるキラリが、なんだか不穏な……どう見ても慣れてない会話をしつつ、ガーベラを引っ張っていく。


「ほら、弟くんも早く! みんな待ってるよ!」


かと思ったらキラリは顔だけ出し、なんとも嬉しそうな表情を浮かべた。

四天王の中では一番とっつきやすい(とサウザンは思っている)彼女だが、それでもサウザンにとっては頭の上がらないお姉さんのひとりに変わらない。


一体何をたくらんでいるのかと、そう腰が引けてしまうのも、もう長年刷り込まれた習慣だろう。



「……うっ」


オープンカフェ+先払い式の『まけんどーなつ屋』は、出てきたサウザンが思わず唸ってしまうほどの盛況を見せていた。


ガーベラというカリスマの権威や、『魔剣道部』自体の貢献度など、諸事情あって、ほかの部と比べて欲張りすぎるほどスペースを取ってあったはずなのだが、席は満席、支払いレジには席の空くのを待つ行列ができてしまっている。


やはり、普段手の届かない存在である四天王がもてなす、というありえないギャップがきいているのだろう。

自分も全く関係のないお客側だったのなら確かに並びたいと考えるかもしれないな、なんてサウザンは思う。


そして……何より問題なのは。



「きゃーっ! サウザンさま~っ!」

「みんな、サウザンくんが出てきたわよ!」


サウザン自身が、客を集める要因のひとつになってることだろう。


「ヒバリちゃんは引きつづき水つぎで、センちゃんは空いたテーブルの片付けを……って、ヒバリちゃんは?」


硝子張りのカウンター……そこに包装済みのドーナツを運び終えると、キラリとレジをしていた四天王の一人、サウザンとは別クラスだが同学年のカエデが声をかけてくる。


「あ……えっと、そろそろ今裏でドーナツの包装してます。ほら、回転が思ったより速くておっつかないもんで」


この場にいるための精神的スタミナが切れて裏でダウンしてます、なんてとてもじゃないけどサウザンには言えなかった。

少なくとも、その主原因を担っているカエデの前では。


カエデとヒバリは、恋人同士なのだ。

もう、ジャスポースの誰もが知っている公認のカップルである。

だが、カエデのヒバリに対する愛は、それはもう激しかった。


ヒバリは、優しくて何事にも動じず、面倒見がよく、何より爽やかな好青年だ。

最上級生として生徒会副会長もこなしている。

カエデという存在があってもその人気が衰えることはない。

女性客の半分以上が(特に怖いもの知らずの後輩)、彼目当てだったろう。


カエデは、それに激しく嫉妬するのだ。

その見つめる視線だけでヒバリのことを射殺してしまうんじゃないかってくらいに。



「だ、だから水つぎも片付けも僕がやりますんで、お願いしますカエデさん」

「ふふ、サウザンちゃんはがんばりやさんだね」


全てを分かってて気を使ったのか、懇願するサウザンが面白かったのか、綻ぶような笑みを浮かべてレジへと戻るカエデ。

サウザンが、それにほっと胸を撫で下ろしたところで。



「弟くん、指名よ! 15番テーブルに水つぎお願い!」

「は、はいっ!」


キラリにそう怒鳴られて(怒鳴ってるつもりはないんだろうけど)、上官に従う兵士のごとく敬礼し、カウンター脇にある大きなピッチャーを持って出動する。


本来先払いで、カウンターで注文して食べる方式なわけだから、あとは片付け以外にウェイターやウェイトレスは仕事がないはずだった。

たが、それだとせっかくの衣装がもったいないとのことで、水つぎ+ちょっとしたお喋りのサービスがついたのだ。


その水つぎ要因だけでサウザンを含めて10人の部員が駆り出されている。

キラリ曰く、客の集まる精鋭を集めたそうなのだが。


その中に、ガーベラの姿はあった。

実行委員の短い休憩を使って顔を出したら捕まってしまった。

真相はそんな所だと思われるが、そのきらびやかな衣装のせいか、いつもの誰も寄せ付けない雰囲気はなりを潜めている。


怖いもの知らずの下級生の女子に囲まれて、さすがにちょっと困ったような顔をしてはいるが、サービスとしては十分及第点だろう。

さっきは教えて欲しい、なんてことを言っていたが、それこそ必要ないくらいには。



(もしかして、あの服を見せたかったのかな?)

「おいウェイター、美しいお姉さまに見惚れてるヒマあったら水つげよー」


まさか、そんなわけはないだろう。

なんて自分に苦笑していると、横合いからそんなからかうような声が飛んでくる。


そこは指名された15番テーブルで。

そこにいたのはハヤテ、シュラフ、マリ、そしてリコリスだった。


ハヤテの言葉に、みるみる不機嫌になるリコリス。

なまじハヤテの言葉が間違っていなかったから、反論の言葉すらすぐに出てこない。


「……なんだ、みんないたんだ。クラスの出し物のほうはよかったの?」

「ええ、今はディコさんたちに任せてます。その……あまり大人数で待機しててもお客様の邪魔になってしまうので」


4人の空いたコップに水をつぎながら、絞り出すようにして言った言葉に、律儀に答えてくれたのはマリだった。

クラスごとの出し物は、教室での出し物か出店になるわけだが、出店を獲得するくじに外れてしまった2‐火のクラスは、『詩』という研究展示を行っていた。


かなりマニアック……というか、客を選ぶ類のものなので、当初から訪れるものは少ないだろう、なんて予想されていた代物だ。


他のクラスでは定番のお化け屋敷や、演奏会など人の集まりそうなものが多いが、だからといってめんどくさかったとか、楽したかったからと言う気持ちで、それに決めたわけではないのは確かだった。


……少なくともサウザンの中では。



              (第8話につづく)







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