第3話、いくつものありがとう
「それでは……いただきましょうか」
それから、自室に戻ってシャワーを浴び、不安ごと水に流して朝食の時間。
ロマンティカ家の現当主にして元神候補の、スカーレット・ロマンティカの起伏ない朝の始まりの挨拶が、三人で使うには広すぎる食卓の間へ染み渡った。
「いただきます」
「いただきまーす」
それに倣って、手を合わせて声をあげるガーベラとサウザン。
並ぶメニューは、鮭の切り身に目玉焼き、納豆ご飯と味噌汁。
シルクのテーブルクロスのかけられた、100人は座れるだろう細長いサーキットテーブルの角に陣取って、思い思い食事を取るその姿は、ミスマッチを通り越して、滑稽すらある。
「さぅちゃん……テレビつけて」
と、食事を始めてすぐ、隣の誰も使わない椅子(クッションが赤絨毯の、豪華なものだ)に置いてあった新聞を広げ始めたスカーレットが、顔もあげず抑揚のない声色でそんな事を言った。
そのかしこまった口調といい、虚ろな表情といい、どこか人を超越した雰囲気を醸し出しているスカーレットだが、見た目はガーベラの妹と言っても通ってしまうだろうほどに幼く若い。
その、少女のようなおかっぱ頭が余計にそう思わせるのだろうが……。
こう見えても朝食を拵えた当人であり、亡き夫(サウザンがロマンティカ家の養子になったときからその姿はなく、サウザンは面識がなかった)の後を継いでロマンティカ家の当主となった、ガーベラやサウザンの母親である。
「あ、うん」
もうそろそろ彼女が楽しみにしている占いの時間であることを分かっていたサウザンは、口に運びかけた箸を置き、やはり隣の空きっぱなしの椅子の上にあったリモコンを操作した。
ぷつ、と電気の通る音がして、広すぎて静かな食卓の間に、別次元の喧騒が溢れる。
やんごとなきロマンティカ家のイメージとはかけ離れた光景。
しかしそのことすらも、慣れきってしまったいつものことで。
テレビが見たいがために広すぎるテーブル角に集まって座るといった光景に、家族っていいなぁ、なんて感慨深げに思っていたサウザンだったけれど。
「……ん?」
可愛らしいお天気お姉さんの振りまく笑顔のその頭上に、ふいに流れ出した白いテロップ。
何気に目に入って、サウザンは思わず首を傾げた。
「……どうした、さぅちゃん?」
視線は新聞、耳はテレビに向いていたはずのスカーレットが、耳ざとくそんなサウザンの声を聞き取り、顔を上げてそう問いかける。
一定のペースで何も語らず、食事を続けていたガーベラも、わざわざ手を止めて、サウザンの方を見てくる。
どこまでも澄んでいて、それでいて強い光を秘めた二つの赤い視線。
その仕草が、二人が似ている……親子であることを強く印象づけてくる。
サウザンはそれに苦笑しつつ、二人が望む言葉を紡いだ。
「今のテロップ、何かなって思って。『運命の日まで後五日』……何かの番組の宣伝かなって思ってだけど、それにしてはその続きがいつまでたっても流れないし……」
「……」
「……」
しかし、返ってきたのは少し重い感じのする、そんな沈黙だった。
軽い気持ちで聞いたつもりが、何か取り返しのつかない事を言ってしまったかのような、そんな不安。
いい加減それに、サウザンが耐え切れなくなった時。
一つ頷いて、ガーベラが口を開いた。
「あと五日で現在の神、ロウ・ランダー・ヴルックの任期が終わる……それだけのことだよ」
それだけのこと。
ガーベラはなんでもないことのようにそう言うけれど。
そこまで聞けば流石にサウザンでも、後五日後に起こることがなんでもなくはないことであることに気付かされる。
神……このジャスポースを含めたいくつもの世界(と言っても、サウザン自身はジャスポースしか知らないけれど)を支配するもの。
または、世界を守り、統治する王。
その神は、名を持つものの中から選ばれる。
この世界を構成すると言われる12の唱力(アジール)、そのひとつひとつを表す、名も持つものの中から。
前回の神候補の中には、スカーレット・ロマンティカの名前があって。
そして、次代の神候補の中には、ガーベラ・ロマンティカの名前がある。
ロウ・ランダーの任期が終わるということは、次はガーベラ達の代の誰かが神になる、ということで。
それだけのこと、なんて言葉じゃすまされない大事であるのは確かだった。
そんな大事な事が五日後の迫っていることを知らなかった自分がどうにもいたたまれないサウザンである。
ガーベラにとってみれば一生を左右するかもしれないのに、今の今までそれに気付けなかったことが、弟として情けなく思えて。
「ごめん、姉さん。学園祭の特訓になんてつき合ってる暇なんてなかったんじゃ……」
たくさんの候補の中からどうやって一人を選ぶのか。
サウザンには分からなかったけれど。
ただでさえ、学園では生徒会長、学園祭では実行委員長と忙しい身なのだ。
それなのにも関わらず自分のためだけにしかならないような、ガーベラのとっては意味のないだろう特訓につき合わせてしまって、時間を無駄にさせてしまって。
そんな自分に、ますますサウザンはへこむばかりだった。
ただ謝ることしかできない自分が、本当に嫌になるサウザンだったけれど。
「何言っている。謝ることなんてない。大切な弟の本気の頼みごとに応えない姉がどこにいる。仮にいたとしても、そんな器量では神になどなれはしないだろうな」
「……姉さん」
やっぱり、大事なことを数日後に控えて、流石のガーベラも緊張してるんだろう、なんて事を考えてしまうサウザン。
そのくらい、ガーベラから発せられた言葉は、強烈なインパクトを持っていた。
大切な弟。
ガーベラがそれを証明するかのようにサウザンに対して接してくれていることは、サウザン自身も重々に理解している。
だけど、そんな浮かれてしまうような言葉をガーベラが口にするとは思わなかったのだ。
やっぱり今日の姉さんは変だ。
サウザンが、そんな失礼な事を思ってしまうくらいには。
「私のことは気にしなくていい。なるようになるだけだ。サウザン、お前は学園祭を思いっきり楽しむといい。自身の立てた目標に向かって、ただ邁進すればいいんだ」
「……うん、分かったよ。ありがとう、姉さん」
いつもとは違う、サウザンからすればちょっと変なガーベラだったけれど。
紡がれるその言葉は、今まで表に出てくることのなかった、ガーベラのサウザンに対する本音に思えて。
今までなかなか言えなかったその感謝の言葉が、自然とサウザンの口からこぼれてくる。
「礼なんかいいんだよ。……私は忙しい。先に行く」
すると、ガーベラはすっと視線を逸らして立ち上がり、ごちそうさまとともに食卓の間を出て行ってしまった。
その間、一度もサウザンと目を合わせようとはしなくて。
ちょっと突き放すような態度。
それはいつもの事のはずなのに。
サウザンの心に不安の種を植え付ける。
「……ふふ。がーちゃん、照れてる。さぅちゃん、罪な男。親の顔が見てみたいよ……って、そりゃ私か」
だけど、それをあっさりと吹き払ったのは、そんなスカーレットの言葉だった。
何か気のきいた言葉を返したかったサウザンだったけれど。
結局、サウザンはただただ苦笑を浮かべた。
こうやって見ていると、ガーベラの母親にはやっぱり見えない。
だけど確かに、ガーベラの、サウザンの母親はスカーレットしかいないのだと、そんな気にさせて。
「ごちそうさま。いつもありがとう。……それじゃいってきます、母さん」
「……っ」
だからサウザンは、スカーレットの言うところの親の顔が見てみたいヤツを意識するみたいに、そんな事を言った。
それは、普段は到底言えないような、そんな言葉で。
何故その言葉が今出たのか……サウザンにも分からなかったけれど。
言葉を失うスカーレットに、内心だけでサウザンはしてやったりな笑みを浮かべつつ。
サウザンは、我が家を後にしたのだった……。
(第4話につづく)
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