第17話、With
「……っ。あ、あれ?ここは」
流れていた血、その傷をみるみるうちに塞いでいったかと思うと。
赤く染まっていたマリの髪が、何事もなかったかのような潔白なる白銀へと戻ってゆく。
かと思ったら、その自分の髪をうるさそうに跳ね除けながら、マリが起き上がったではないか。
「マリさん! よかったぁ。すごい、すごいよ師匠、この本!」
「ふむ。……やりおる」
はしゃぐサウザンに感心の呟きを洩らすロウ。
お互いにここまで凄いとは思わなかった。
そんなリアクションをしていて。
「サウザンさん? それから、ええと」
「ロウ・ランダー・ヴルックじゃ。元神、と言ったところか。もっとも、オリジナルの身体はすでに滅びたが故、この姿は『家供(ファミリア)』じゃがの」
「……っ」
サウザンを見て目をしばたかせロウを見て首を傾げる、とてもさっきまで大仰な剣を持ってディコと戦っていたとは思えない、いつものほんわかしたマリがそこにいたが。
ロウの自己紹介を受け、何かが凍ってしまったかのようにその身体がこわばる。
サウザンにはそれが、面妖な? ロウを怖がっているというよりも、何かに後ろめたさを感じているようにサウザンには見えて。
「おぬしのことは知っておるぞ、マリ・ヴァーレストじゃな?」
「え……?」
「……」
ロウの口から飛び出した言葉に、サウザンはびっくりして、まじまじとマリのことを見てしまう。
名を問われたマリは、嫌なことを言われたかのように、俯いていた。
「ヴァーレストって、風の? それって、マリさんも名を持つもの……神候補だったってこと?」
「無論、わしの力が失われる以上、このジャスポースで生きていられるのは名を持つもの以外にありえんからのう。……おかしいと思ったんじゃ。名を持つ神候補は、今頃すべてのものがその試練に向かってるはずなのにの」
きつく問い詰める、そんな声色ではなかったが。
叱られた子供のように下を向き、表情を完全にその白銀の髪へと隠してしまうマリ。
「サウザンのようなイレギュラーとはわけが違う。おぬしは、自身の使命を知っておったはずじゃろう?」
「ごめんなさい。わたしには……わたしには無理です。だから、神候補の件は辞退させてもらいました。その事は、ガーベラ様たちも知っています」
続くロウの言葉に、視線は代わらず下へ向けたままで、そんな事を言うマリ。
その言葉尻には、申し訳なさと後ろめたさが多分に含まれている。
そこには、今の今まで名を持つものであることを話さなかった、サウザンに対する罪悪感のようなものもあったのだろう。
一度視線があったきりサウザンと目を合わせようともしないのには、そんな意味もあるような気がサウザンにはしていて。
「それがまかり通らぬことくらい、おぬしが一番分かっておるじゃろう?」
「分かっています。だから代わりに、スカーレット様に……」
「おぬしっ」
途切れ途切れの、マリの言葉。
ロウの声色が突然冷える。
それに、肩を震わせて縮こまるマリ。
傍から見ていた何も知らないサウザンは、そんなマリが可哀想に思えてきて、
「師匠、やりたくないって言ってるんだからいいじゃん。そんなに怒らなくても……」
「サウザン、自分で言っている意味を理解しているのか? 彼女は……」
「分かんないよ。でもマリさんが辛くて怖くて、悲しいのは分かる。僕は……そんなマリさんのことを見たくないんだ。友達が苦しんでいるとこなんか、見たくない」
詰め寄ろうとするロウに、サウザンは自分でもびっくりするくらいの強い声で、言葉を返していた。
それはほとんど無意識の衝動。
きっと、神候補とか試練とか、突きつけられた運命めいたものに反発だったのだろう。
「サウザンさん……」
だが、そんなサウザンの叫びは、逆効果だったのかもしれない。
名を呼ぶマリのその表情は、一層の苦悩に彩られていた。
「そんな顔しないでよ。なんならさ、マリさんが背負ってる使命っていうか、試練ってやつ僕にもできない? ほら、一応僕も名を持つものなわけだし」
今にも泣き出してしまうそうなマリ。
こんな所をリコリスに見られようものなら……なんてことを想像して、サウザンはおたおたと慌てながらロウにそう聞いてみる。
それを聞き、表情分からぬままに黙り込んでいたロウだったが。
「サウザンがそう言うのなら、わしは構わんよ。……いや、出すぎた真似をしたのはわしか。すまぬ、マリ。おぬしの意思の汲まずに無体なことを口にしてしまった」
深いため息をついて、ロウはマリに頭を下げる。
「そ、そんな……そんなの」
でも、それでも、マリの表情は変わらなかった。
サウザンに対する罪悪感のようなものが強くなるばかりで。
たぶん、マリは自らの自らの使命を押し付けてしまうことに躊躇っているのだろう。
自分が嫌だからといって他人にそれを押し付けようとするのを。
サウザンはその場面を見たわけじゃないからはっきりとしたことは言えなかったが。
そうやって迷っているマリに、スカーレットは気をきかせて半ば強引に、代わりに自分がやる、なんて言い出したのかもしれない……なんて考える。
それを悪いとは思いながらも、マリは断れなかったのだろう。
複雑な表情のまま、取り残されたマリが目に浮かぶようで。
「迷ってるんだね、マリさんは」
いつまでもそんなマリを見たくなかったから。
一石を投じる意味で、サウザンはそう問いかける。
「本当は使命を果たしたい、でも怖い。押し付けるのも悪いと思ってる、だけどそれをする勇気がない……そんな感じ?」
「う、うん」
それにマリは、噛み締めるように頷いたから。
「だったら、答えが出るまで付き合うよ。実は僕たち、これから姉さん達のことを追いかけなくちゃいけないんだけどさ。ここに一人で残ってるもの危ないと思うんだ。さっきのみたいのにいつ襲われるかも分からないし……僕らと一緒に行かない? そのほうが安心だし、その道中で考えればいいんだしさ。いいよね、ロウ師匠」
サウザンは思いついたその事を、一気にまくしたてるように全て吐き出す。
「……そうじゃな。確かに今の野ざらしのこのジャスポースは危険じゃろうて。わしも賛成じゃ」
すると、何だか感心したかのようにロウが同意してくれて。
「分かりました。お願いします……」
しばらくの間があって、マリはそう言った。
そこにはまだ不安と恐怖が残っていたけど。
後ろめたさが和らいでいたのは確かで。
それにサウザンは、とりあえずはと、満足そうに頷くのだった……。
(第18話につづく)
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