第32話、Shaking the ground



そうして。

辿り着いたのは、流脈があるという15階で。

流脈と言うものは一体どんな形をしていて、どういったものなのか……。


それを聞くよりも早く、それがそこにあることを、サウザンは肌で理解してしまった。

それを感じたのは、地下15階のもっとも深い場所。

岩肌がむき出しになっている大地の裂け目。

注連縄のようなものだけで遮られている底の見えない闇の向こうに。

風が吹き上げている。


世界を構成する全ての力を秘めたもの。

それは……歌だった。

大地が、世界が、地球自体が奏でる。



「これが……流脈」

「見るのは二度目だけど、相変わらず半端ないね」


驚きと感嘆の声が、サウザンの耳を通過して。



「この中に行けば、神様の力が得られるの?」


魂震えるほどの圧倒的な力。

その風を受けるだけで、生命力が、唱力が漲ってくるのが分かる。

だが、サウザンは口ではそう言いながらも、その事は直接関係のないことだと、そう思っていた。

誰が神になるのかは、この試練の真の目的を知った今、それほど重要ではなく。

それよりもむしろ、未だ姿の見えないスピカやマリ、そしてガーベラやスカーレットたちの方がよっぽど気にかかっていた。



「本来ならばこの場所に辿り着いた神候補が全員この中に入り、ある条件を一番に満たしたものが神になる力を得られるのだがな……」


その条件とは、一体なんなのか。

もったいぶるロウに、とはいえ流石に気になったサウザンがそれを聞こうとして……。



ババチィッ!

風吹きすさぶその闇の先から、紫電が伸び上がるように迸る。



「……っ、スピカ!?」


それに真っ先に反応したのは、ハルカだった。



「え? 今の?」

「スピカの雷よ! 何かあったんだわ!」

「っ、よし、急ごう!」


それは予感。

嫌な予感だったんだろう。

忘我したかのように駆け出し、躊躇いなく階下へ身を投げ出そうとするハルカを制止し、サウザンたちは歌(カーヴ)の力でその背に翼を生やし、落ちていくがごとき速さで、眼下の闇に突っ込んでゆく。



しばらく煙巻くような闇を気流に逆らうようにして降りていくと、反響して響く大地の歌に混じって、剣戟の音がした。


それは、サウザンがかつて一度聞いた音だった。


既視感。

サウザンはそれに眦を決し、降りるスピードを速める。

降り立ったその場所は、心臓のように波打ちながら、赤い光を発していた。

そんな壁に囲まれた、この世の行き止まりのような。

あるいは生き物育む胎内のような、そんな場所。


流脈の力の元も、おそらくはここなのだろう。

息できぬほどの上昇気流が、降り立つサウザンたちの髪を逆立たせる。



「スピカさん! マリさんっ!」


サウザンは、その風と闇を振り払うようにして叫び、駆け出した。

案の定、その場にいたマリとスピカ。

それぞれが、戦っている。


マリは、ディコ……の姿をした、一度見たことのあるものと。

スピカは、サウザンの先輩である、ヒバリと。


「へぇ、ここにいれば馬鹿みたいに獲物がかかるってのは本当だな」

「サウザン様っ」


そしてさらに重なる闇の中から、聞き覚えのある声がする。

はっとなって振り向けば、そこにはサウザンの後輩である、ナナの姿があった。

その手には、楽具(ウェール)だろう鉄の笛。

そこに割って入るようにハルカが立ち塞がる。



「バカだよねぇ。みんなで来ちゃうなんて。これで死んじゃったら本当に人間全滅じゃん」

「……」


冷たく無邪気な言葉とともに横凪の寒風が吹き付けられる。

それらに目をやれば、そこには部活仲間のカエデの姿があった。

カエデには、無言でババロアが相対する。



何故?

その時サウザンの心を支配するのは、その一言だった。

黒い太陽のカケラが、元々はロウの家供(ファミリア)たちにとり付いて、今の姿を取っている。

……そんな話は聞いていたけど。


何故それらが全てが、サウザンと親しい、サウザンの知り合いたちばかりなのかと。

それは、気持ち悪くなるほどの違和感だった。

まるで、黒い太陽がサウザンのことを知っていて、サウザンの心を痛め、サウザンを滅するために用意されたような、そんな舞台。


旅に出たのは偶然でもなんでもなく。

本当はサウザンが物語の中心であったかのような、そんな場違いさ。



「待ってたよサウザン! あの時の屈辱は忘れない。何度も仕返ししてやろうと思ったけど……我慢したんだ。キミが、こうしてやって来る、その今を糧にしてね!」

「くっ……うっ!」



と、そんな事をサウザンが考えていると。

対するマリのほうを見ようともせずにディコが歯茎をむき出しにして嬉しそうに叫んだ。

でたらめな剣さばきに、マリは防戦一方で。

思わずサウザンが駆け出そうとするも、構わずディコは叫ぶ。



「苦しんで苦しんで苦しむがいい!」


その瞬間、今まで見えていた視界が、黒く塗り潰される。

それは、黒いものの気配そのものだったのだろう。

その途端サウザンを包む、際限のない恐怖。

それなのに、その闇の抱擁は……泣きたくなるほどの懐かしさをはらんでいる。


震える全身を、ぎりぎりのところで叱咤しながら、サウザンはそれの方を振り返る。

そこにあるのは、それ自体が赤く発光し、その場を照らしていたもの。

気付けば、鼓動のような蠕動は激しさを増し、その赤が、炎のような赤が、より一層強くなる。


「さぁ! 新しい我らが主のお披露目だ!」


嬉々としたディコの声。

胎動するものに駆け寄るディコに、追いすがろうとするマリ。

それを、サウザンは無意識の挙動で引き止める。


「サウザンさんっ!?」


どうして止める、マリはそう口にしようとしたが。

それは言葉にはならなかった。



ギシャアアァッ!


「ぎゃあアァッ!?」


鼓膜が吹き飛ぶかのような、禍々しい爆破音と、断末魔のディコの悲鳴。

そして、そのまま引っ張られるようにマリを懐に抱いたサウザンが、転がったからだ。


その場にいたもの全てが、一瞬何が起きたのか理解していなかっただろう。

マグマのごとき熱を持った光の筋。

目の前のそれは、生まれ出る瞬間、周りの岩をのけるためだけに、四方八方に打ち放ったのだ。


すぐ近くにいたディコは、ひとたまりもなかっただろう。

その一つの直撃を受け、既に炭と化して地面にわだかまっている。


他の比較的、遠目にいたものは、敵味方関係なく呆然と立ち尽くしている。

そう考えると、運が悪かったのはディコと、サウザンだけだったのかもしれない。

いや、運が悪かったという表現はふさわしくないのかもしれないが。

とにもかくにも、その熱線の一つは、サウザンの脇腹を掠っていた。



「……ぐっ」


サウザンは、その焼け付く痛みによって一瞬失っていた意識を浮上させる。


「サウザンさんっ!」


ごく側で聞こえる、マリの声。

視線は、黒々と炭化した脇腹にあって。


「あ、ご、ごめんっ!」


熱のことで出血がないことも幸いし、それでも軋む傷みを誤魔化しながらサウザンはマリから離れるようにして起き上がる。


だが流石に、そんな強がりが通用するはずもなく。


再び声をあげようとして。

お互い言葉を失うこととなる……。



             (第33話につづく)






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