第31話、Negai




「そう言えば師匠、流脈ってやつはどこにあるの?」

「何も変わりなければ、地下15階じゃな」


サウザンは足音響く階段を駆け下りながら、ロウにそんな事を問いかける。

すると返ってきたのは、そんな答えで。


「嘘? そしたらすぐ近くだったんじゃん。だったらなんで前回は辿り着けなかったの?」


あの黒と白の輪を使えば、この通りここへ来るのは簡単ははずなのに。

不思議そうに首を傾げていると、ロウはそれに一つ頷いて。



「確かに、来ることだけならできたじゃろうて。じゃがあれは、一方通行じゃ。帰ることはできん。そして、ここは黒い太陽が最も好み潜む場所。言わばわしらは、きゃつらに完全に包囲されている状態、と言ってもいいわけじゃな」


低く低く、そう答えた。

だからこそ、前回はこの場所へ辿り着くことはできなかったのだ、と。


逆に言えば、今サウザンたちがしていることは、無謀にも等しいことなのかもしれない。

なのに何故、わざわざそんな危険を冒してまでここにいるのか。

それはもちろん、ガーベラやスカーレットたちの、それこそ無謀を止める、という意味合いもあっただろうが。


もう後がないから、と言うのが一番なのだろう。

そう思うと、ますます緊張感が高まって。



「……なっ」


降り立ったのは、細長く広まったフロア。

目の前に広がる光景に、サウザンは絶句する。


そこにはババロアとハルカの姿があった。

それはいい。問題は二人がサウザンに背を向ける形で相対している人物だった。


サウザンの友人、シュラフとハヤテの姿がそこにいる。

その回りには、二人を将とあがめるかのように、赤い異形たち……紅が無数存在していた。


ハルカが茨の鞭、ババロアが円月輪のごとき得物を手に持ち、戦闘体勢に入っていたが、その数の差は圧倒的だった。


同じようで全く違う、ニヤニヤとした笑みを浮かべるハヤテが腕を振り上げれば。そこに生まれるは光の渦。

それを真似するようにして無数の紅たちが稚拙な手を振り上げて光を作り出す。

途端、目を開けていられなくなるほどの光量が広がって。



「くたばれ、人間がぁーっ!!」


そんなハヤテの号令とともに、一斉にハルカたちに殺到する。


(……サウザンくんっ、かわるよっ!)


その刹那の瞬間。

聞こえてきたのは光(セザール)の名を持つもの。

ミーコ・セザールの声だった。

無類の強さをその身に秘めつつも、それを扱う機会すら与えられず、病に散った少女。


強制ではないが、どこまでの強い意思。

言われるのとほぼ同時に、サウザンは彼女に全てを託した。


サウザンのあずかり知らぬところで構えられる手。

そこには、いつか見たものより、より洗練された金色の弓がある。


それをサウザンが認識した瞬間。

いつのまにか番えられていた光の矢が、怒涛のように発射される。

撃つたびに新たに生まれ出る、無限の矢を持って。




「なっ……!?」


聞こえるのは、ハヤテの驚愕の声。

それも無理はなかっただろう。

無限の光の矢は、ハルカやババロアに当たることなく、寸分違わずハヤテたちの手のひらに生み出された光の玉を打ち抜き、散らしたのだから。



「ハルカさん! ババロアさんっ!」


初撃の終わりとともに浮上してきた意識をもって、サウザンは叫び、駆け出す。

二人はそれだけで理解し、駆け出すサウザンに近付くようにしてその場を離脱する。

そしてすれ違うその瞬間には、サウザンの意識はまた沈んでいた。



「いくっすよ!」


叫ぶのはサウザンではない。

水(ウルガヴ)の名を持つ、エスカ・ウルガヴという名の少年だった。


自分の親しい人にその姿を変え、命の狙う黒い影。

それを前にして、抵抗できないままに命奪われし少年。

サウザンには、その気持ちが痛いほど分かったから、身体を預けることにも躊躇はなく。


そんなサウザンの手のひらから生み出されたのは、サウザンの力とは対となる水の力だった。

初めは小さな珠だったそれは。

溢れるほどに大きくなり、終いにはフロアの天井に届かんばかりの大波と化す。

その波は、驚愕に固まるハヤテたちを覆い隠すように包み込んで……。




勝負は一瞬でついた。


なす術も無く、大水にのまれていく紅たち。

ハヤテの姿を取っていた黒い塊が、その圧力に押されて霞んで消えゆくのが見えて。


サウザンの心に染みる、苦いもの。

それは、他人に任せて長年来の付き合いのある友に似た形をしたものに手を下してしまった自分への罪悪感だったんだろう。


こんなのはもうさんざんだと、そう思った。

だからこその油断。

勝負はついたと、サウザンは思い込んでいて。



「サウザンっ!」


その瞬間聞こえてきたのは、ロウの鋭い警告の叫び。



「えっ?」


それとともに吹き付けてきたのは、生臭い濃密な殺気だ。

気付けば大地に染み出していた水の中から、巨大なサメの顎が、サウザンを食い千切ろうと迫っている。


そのサメは、少年の腕だった。

シュラフの腕が、歌(カーヴ)の力で変化したもの。

瞬間的にサウザンはそんな事を理解したけど。


もう間に合わない。

思わずぎゅっと目をつむって身体をこわばらせて。



しかし、来るはずの衝撃は来なかった。

その代わりに聞こえたのは、しなり鞭打つ音。

瞳を上げれば、サメの口はサウザンの目と鼻の先で止まっていた。


サメの動きを止めたのは茨の鞭だ。

まるで、そうなることが分かっていたみたいに、茨はサメに巻きつき、留めている。



「ぐっ!」


攻撃を失敗し、業を煮やしたシュラフは、もう一方の手に何かを生み出そうとする。

だが、それは片腕を封じられ、動きを止められた状態では、致命的な隙だったのだろう。



「さよならだ」


気付けばババロアがシュラフの懐にいた。

手に持つのは、鎌のように……円を形作れない黒い輪が、下から抉るように突き上げられる。



シュラフだったものは。

身体の真ん中、その空間を切り取られて真っ二つになり。

黒い霞となって消えてゆく……。


再度の、目を背けたくなるような、そんな光景。

やらなければやられていたのは確かだが。

それでもどこか自分を許せない感情が蟠って消えなかった。



「……サウザン君の知り合いだった?」


そんなサウザンに、あまりにもストレートなババロアの物言い。



「うん、二人とも友達……」


だからこそ、サウザンは真正直にそう答えてしまう、


「あの場面、でしゃばらずともわたくしたちだけで何とかなりましたわ。サウザン様が辛いなら、わたくしたちに任せておけばいいんです」

「いや、結構やばかったけどね。ようは自分ひとりで背負うなってことだよ。意外とさ、そういう辛い気持ちとか、分かるんだよ……やっぱりオレらは、君の家供(ファミリア)だから」

「あまり沈みこむでない。きゃつらはそういう心の隙をつく敵なのじゃからな。おぬしの知る本物ではないのじゃ、その事をよく念頭においておけ」


それぞれの、サウザンへ対する励まし。

それは、とても幸せなことなんだろうと、サウザンは思う。


誰かを気遣い、気遣われ心配してもらえる。

そんな存在が、側にいてくれることが。



「……うん、ありがとうみんな。行こう、みんなで無事に、帰るんだ」


だからサウザンは、心からそう言って笑うことができた。

流脈へ辿り着くことよりも、黒い太陽をやっつけることよりも。


それを真に願うことができたから……。



           (第32話につづく)







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